インサイトの掛け算で切り拓くアジア展開
PR Collective Asia・本田哲也氏 × I&CO APAC 高宮 対談
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、ブランドの視点でこれからの経営を考えるヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は、PR戦略立案を手がける本田事務所代表の本田哲也氏と、I&CO APAC代表の高宮による対談をお届けします。本田氏は今年、アジア各国のPRプロフェッショナルと連携するネットワーク「PR Collective Asia」を設立。その設立の背景にも触れながら、ともにシンガポールを拠点に活動する二人が、日本企業がアジアで成長していくために必要な視点について語り合いました。

「客観視」で捉え直す日本の強みと可能性
高宮:本田さんは日本でPRのキャリアを築く中、2023年にシンガポールへ拠点を移されました。アジアの中でもシンガポールに軸足を置かれた狙いを、改めてお聞かせいただけますか。
本田:シンガポールに移った一番の理由は、活動範囲をアジア全域に広げるためです。クライアントとお会いするには東京にいた方が合理的なんですが、日本企業に付加価値のある仕事をするという観点では、自分自身がアジアにいる方がいい。ハブとして機能するシンガポールに身を置くことで「日本企業のためにアジア全域をサポートできる体制を作った」というのが、より正確な表現です。
高宮:実際に移ってみて、想定通りだった点とそうでなかった点はいかがでしたか。
本田:良い意味での発見として、日本や日本企業、日本ブランドの人気が想像以上に高かったことが挙げられます。もともとグローバルファームに在籍していたので一定の実感はありましたが、シンガポールに来てその評価の高さを改めて認識しました。家電分野ではサムスンが強かったり、中国メーカーも品質を高めていたりといった状況はありますが、それでも「信頼できる」「仕事が丁寧」といったイメージにおいては日本が圧倒的に優位です。シンガポールに移る前は「日本が元気を失いつつあるから離れるのか」なんて言われることもありましたが、アジアにおける日本の評価の高さは、むしろ背中を押してくれる発見になりました。
高宮:日本にいると、なかなかその評価を実感する機会は少ないですよね。本田さん個人の、PRパーソンとしての変化はありましたか。
本田:最も大きいのは、客観性が身についたこと。20年にわたってグローバルでPRに携わってきたのでその感覚は持っているつもりでしたが、やはり実際に住んでみると物事の見方が変わります。
例えば、現地の方々がショッピングモールでダウンコートを楽しそうに選んでいる光景を見て最初は不思議に思っていたのですが、今では「日本人がハワイ旅行のために水着を選ぶときのワクワク感と同じなんだな」と理解できる。寒い場所に行くための服を選んだり計画したりすること自体が、彼らにとってはエキサイティングなわけです。こんなふうに、住んでみて初めて腑に落ちるというのは、PRのプロとして非常に重要な気づきでした。

高宮:その感覚はよくわかります。僕も日本とシンガポールを行き来するようになってから、3ヶ月くらいのスパンで日本を“定点観測”するからこそ気づけることがあると感じています。ずっといると当たり前になってしまうことが、少し離れることで改めて見えてくる。それはビジネスの感度にも直結することですよね。
ローカルインサイトが生むビジネスの突破口
高宮:日本企業がアジアで直面している課題として、現場でよく目にされるのはどのようなことでしょうか。
本田:日本企業はまず、数字としての認知度を気にする傾向があります。「この商品の認知度はこの国ではまだ30%です」という議論から入ってしまうんです。それはそれで大切ですが、決して本質ではない。重要なのは「その市場でどのようなパーセプションで見られているか」を客観的に把握することです。それが、結果として売上にも直結します。
インドネシアにおけるポカリスエットの事例がその典型です。当初ポカリスエットは、日本と同様「汗をかいた後に」というアプローチをとっていたのですが、現地市場ではそのコンセプトが十分に浸透せず、立ち上がりに苦戦しました。インドネシアはイスラム圏で飲酒の習慣がないため二日酔いもなく、汗をかくようなスポーツも日常的には行わない。そのため、日本で絶大な効果を発揮した「汗をかいた後に」というオケージョンがまったく響かなかったんです。その突破口となったのが、ラマダンの断食による脱水という社会的インサイトでした。製品も流通も何一つ変えないまま、「ラマダン明けに最適」という訴求に切り替えることで大ヒットを果たした。これはまさに、コミュニケーションのイノベーションですよね。
同じような話は、ロッテのキシリトールガムのベトナム展開にも見られます。ベトナムでは子どもの虫歯保有率が約8割と高いにもかかわらず、そもそも歯を大切にしようという価値観が十分に根付いていませんでした。ベトナムでビジネスをさらに成長させるには、単に製品を流通させて広告を打つだけでなく、保護者に対して「子どものうちから歯に良い習慣を」と伝えていく必要があります。そこで戦略PRの一環として、歯の健康に関する啓発活動を開始しました。この支援は現在も続いています。
高宮:おもしろいですね。僕もアジアに展開するブランドのプロジェクトに関わる中で、まさに同じことを感じています。成功している事例に共通するのは、過度にローカライズするわけでも日本らしさを捨てるわけでもなく、本来の価値を維持しながら現地の文脈で受け入れられているという点です。例えば、南部鉄瓶で有名な岩鋳さんに伺ったお話で印象的だったのが、日本で廃盤寸前だった灰皿がアジアのお香文化と結びつき、お香立てとして再評価されたというエピソード。こうした気づきは、現地の生活に深く入り込まなければ生まれないなと思います。
日本から出ることで客観性が生まれ、暗黙知化していたものが改めて見えてくる。自分自身は何も変わっていないのに、客観的に見た途端に景色が変わる。ポカリスエットやキシリトールの話も全く同じ構造だと思うんですが、こういった認知の取り方やコミュニケーション戦略という観点では、中国や韓国の企業がうまいなと思います。彼らは、自分たちが現地でどう見られるのが望ましいか、どのグループに属して見られるとビジネス上有効かをよく理解していますよね。
本田:それこそ客観性の力ですね。韓国は人口が日本の半分程度で、早い段階からグローバル展開を仕掛けざるを得なかったのに対し、日本企業は1億2000万人の国内市場を相手にマスマーケティングで成功してきたという強い経験がある。そのやり方をそのままアジアに持ち込もうとしてしまった結果として、中国や韓国に遅れをとってしまっているところがあるのではないか —— そんな課題感も、今回PR Collective Asiaを立ち上げた背景の一つです。
日本での正解を疑うことから始める
高宮:ローカルインサイトの重要性という観点は、まさにPR Collective Asiaの設計思想そのものですよね。本田さんのキャリアを考えると、エージェンシーのアジアネットワークを活用するという選択肢もあったと思うんですが、「コレクティブ」、つまり個のプロフェッショナルの集まりという形態を選ばれたのはなぜでしょうか。
本田:メガエージェンシーはアメリカやイギリス本社の場合が多く、欧米的な発想が起点になりがちです。もちろんエージェンシーとの連携も重要ですし、アジア全体に一括で展開するような仕事には適している面もあります。一方で、私自身が実現したいのは、各市場のローカルインサイトを起点とした戦略的なコミュニケーション設計を通じて日本企業を支援すること。そのためにはこのような体制が必要だと考えました。
かつては地図を広げて「世界100拠点にオフィスがあります」と示すことが魅力的に映った時代もありましたが、それも現在の潮流には合わなくなってきている。AIの台頭もあり、今後はさらにその傾向が強まるはずです。どのような人がどのようにサポートしてくれるのか、個人の存在感が問われる時代になっていると思います。
高宮:今回、PR Collective AsiaのロゴはI&COで制作させていただいたのですが、設立の思いを反映してPRの「P」と「橋」をモチーフにしました。日本と各国をつなぐ橋であると同時に、各ローカル同士をつなぐ橋でもある。組織の看板ではなく、人と人とがつながる。そんな思想を体現しています。
“PR Collective Asiaの目指す姿や提供価値を紐解いて、いくつかの案を検証していきました。その中で見えてきたのが、「橋を架ける」というコンセプトです。国と国、人と人、そしてローカルとグローバルをつなぐPRの力を、架け橋をモチーフにしたロゴとしてデザインしました。” I&CO Deisgner 齊木悠太
本田:フレキシビリティと専門性の両立を体現してくれるようなロゴですね。国が違えば、PRパーソンの在り方もメディア環境も、ステークホルダーの構造も全然違う。だからこそアジアを一括りにして画一的に扱うのではなく、各国の専門家を最適な形で組成して動けることが重要になると思っています。
高宮:最後に、アジアで事業を展開している日本企業へのメッセージをいただけますか。
本田:まずは日本での正解を疑うことだと思います。成功体験があればあるほど難しいのですが、「同じやり方では通用しない」という前提に立ち、日本での成功をそのまま輸出しようとしないことが重要です。そしてその出発点は、客観視です。その上で、日本のインサイトとローカルインサイトを掛け合わせられる体制を整えることが、これからのアジアでの競争力に直結すると思っています。6月には「Asia Insight 2026」というカンファレンスを開催し、味の素やダイキン、ロッテの担当者とASEAN各国のPRストラテジストが一堂に会し、このテーマを議論します。
高宮:課題感には多くの方がたどり着く一方で、そこからソリューションに至るのはなかなか難しいと感じます。カンファレンスには僕も現地で参加予定なので、そのギャップを埋めるような議論が生まれることを、今からとても楽しみにしています。
Asia Insight 2026 について
味の素・ダイキン工業・ロッテの担当者に加え、シンガポール・タイ・インドネシア・フィリピンのPRストラテジストが登壇し、日本側・現地側双方の視点からアジア市場攻略を議論します。
日時: 2026年6月1日(月)13:00〜16:00(12:00開場)、終了後に交流会あり
会場: 大手町三井ホール(千代田区大手町1-2-1 Otemachi One 3F)
参加費: 無料(事前登録制・定員300名)








