123年の伝統を世界へ
岩鋳が歩んだグローバル展開の軌跡
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を拓くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は、南部鉄器の作り手として長い歴史を持ち、世界各地で愛されるブランドへと成長してきた株式会社 岩鋳の高橋潔充さんへのインタビューをお届けします。現地の暮らしに寄り添う姿勢と、品質への揺るぎないこだわりを貫く岩鋳。そのグローバル展開の軌跡、そして伝統を未来へつなぐものづくりの哲学について、I&CO APAC代表の高宮範有が伺いました。
海外展開を成功させている日本企業の取り組みには、文化や商慣習の違いを越えて信頼を築くためのヒントが数多くあります。このニュースレターでは、日本企業の海外展開を支援するI&COの視点も交えながら、海外で確かなブランドを築いている日本企業にお話を伺い、不定期のインタビューシリーズとしてお届けしてまいります。
フランス紅茶メーカーとの出会いが転機に
高宮:岩鋳さんは1902年創業、123年の歴史を持つ老舗企業でありながら、海外展開でも大きな成功を収めていらっしゃいます。伝統的工芸品の分野では国内市場の縮小に苦しむ企業も多い中、岩鋳さんは着実にグローバル市場を開拓されてきた印象がありますが、これほど長く国内外で愛され続けている理由をどのようにお考えでしょうか。
高橋:私どもは南部鉄瓶の伝統的工芸品から始まった会社ですが、長く続いてこられた秘訣は、時代ごとの暮らしに寄り添う商品を柔軟に生み出してきたことにあると思います。鉄瓶から始まり、灰皿や装飾品、すき焼き鍋やフライパンなどの調理器具、そして海外からの要望を受けて生まれたカラフルな急須まで、形を変えながら進化を重ねてきました。ただし、どんなに時代が変わっても、品質へのこだわりだけは一貫して守り続けています。この姿勢が、長年にわたって信頼をいただいている理由だと考えています。
高宮:柔軟性と品質へのこだわりの両立ですね。言うは易しですが、実際にそれを創業以来貫き通すのは簡単ことではなかったと思います。そうした中で、海外展開を本格的に始められたのはいつ頃からでしょうか。
高橋:本格的に始まったのは約30年前、平成初期の頃です。それ以前から海外展開はありましたが、きっかけとなったのはフランスの紅茶メーカー様との出会いでした。ヨーロッパの見本市に出展した際、お声がけをいただいたんです。
高宮:フランスといえば、食文化や生活の質へのこだわりが高い国という印象があります。そんな場所で日本の南部鉄器が注目されたというのはとても興味深いことだと思いますが、具体的にはどのようなお声がけがあったのですか?
高橋:当時、私どもは黒や茶といった、いわゆる南部鉄器らしい伝統的な色味の製品しか作っていませんでした。ところが、フランスの取引先から「フランスの生活様式にあうカラフルな製品を作ってほしい」という要望が届いたんです。今でこそ南部鉄器=カラフルという印象を持たれる方も多いですが、その頃はまったく新しい発想でした。
とはいえ、開発は容易ではありませんでした。鉄の表面に鮮やかな色を安定して出すには技術的な課題が山積みで、完成までにおよそ3年を要しました。今のようにオンラインで色見本を共有できる時代ではありませんから、現物を送って反応をもらい、また調整して送り直す——そんなやり取りを何度も繰り返したんです。
高宮:3年というのは相当な時間ですね。しかも30年前となると、今のようなデジタル環境とはまったく違いますし、言葉の壁も大きかったと思います。
高橋:はい、今のような翻訳ツールもありませんでしたから、コミュニケーションには本当に苦労しました。でも、そうした困難を乗り越えて完成したカラフルな急須が、結果的に海外進出の大きな転機となったんです。
地域ごとに異なるニーズ
高宮:当時の粘り強さが、今日の世界展開にもつながっているわけですね。実際、私もシンガポールの百貨店で岩鋳さんの製品を拝見しました。地域によって、売れ筋や好みには違いがありますか?
高橋:はい、国や地域によって違いがあります。たとえば日本では核家族化が進み、小さめのキッチンウェアが主流になっていますが、中国では一時期、中華鍋のような大きなサイズがブームになりました。日本では製造中止を検討していたような商品が、中国では飛ぶように売れているんです。
高宮:日本では役目を終えたと思っていた製品が、別の国では新たな需要を生む。まさにグローバル展開の醍醐味とも言える発見で、地域ごとのニーズの差が、ビジネスチャンスにつながった好例ですね。サイズだけでなく、色の好みなどにも違いはあるのでしょうか。
高橋:日本ではポップで明るい色が好まれる傾向がありますが、フランスでは「くすみカラー」と呼ばれる、青とも緑ともつかない落ち着いた色味が人気です。ドイツでは黒色の急須の方がよく動きますし、同じヨーロッパでも市場ごとに個性があります。
高宮:それぞれの国の暮らしや価値観が色や形の好みに現れているのは面白いですね。各地の多様なニーズを把握するために、情報はどのように集めていらっしゃるんですか。
高橋:海外向けの製品開発では、現地の代理店や小売店からの声を何より大切にしています。定期的に情報交換を行い、ドイツの展示会で直接話を伺うこともあります。代理店の方が日本を訪れることもありますし、距離は離れていても関係は非常に密です。
特に印象的だったのは中国市場です。コロナ禍以降、百貨店への来店が減る一方で、オンラインのライブ配信が一気に広まりました。現地の代理店の方が、毎日7~8時間にわたって個人版テレビショッピングのように商品を紹介し続けてくださるんです。その熱量には、私たちも刺激を受けましたね。
高宮:ライブコマースは非常にパワフルな売り方ですよね。そういった現地のニーズに合わせていくことは重要だと思いますが、現地に合わせすぎることのリスクもあるのではないでしょうか。例えば、岩鋳らしさや南部鉄器らしさが薄れてしまう危険性です。
高橋:おっしゃる通りです。現地のデザインに寄せすぎてしまうと、かえって埋もれてしまうんです。私たちは南部鉄器ならではのフォルムを守りながら、色合いで変化をつけるようにしています。「日本でしか作れない商品の佇まい」——その独自性こそが、海外で評価されている理由だと思います。
予想外の用途が生まれる瞬間
高宮:「日本でしか作れない商品の佇まい」、いい言葉ですね。逆に、商品はそのままでも、日本では見られない想定外の使われ方をされた例などはありますか。
高橋:印象的なのは、もともと灰皿として作っていた製品です。日本では喫煙習慣の変化もあり、ほとんど需要がなくなっていたのですが、海外の代理店さんが「現地ではお香立てとして使われていますよ」と教えてくださったんです。私たちの側では思いつかなかった発想でした。その後、現地でのニーズに合わせて新しい色のバリエーションも増やし、今では人気商品のひとつになっています。
高宮:製品の新しい価値を現地で発見してもらったわけですね。用途が変わることで製品が新たな生命を得る、まさにサステナブルなものづくりの形だと思います。他に印象的だったエピソードはありますか。
高橋:とても嬉しかった言葉があります。スペインの代理店の方が「岩鋳の急須は、お客様をもてなす時にぴったりなんです。特別な時に使うのが岩鋳の急須なんですよ」と言ってくださったんです。文化も国も違う場所で、そんなふうに“ハレの日の道具”として大切にされている。私たちが込めてきたものづくりの思いが伝わっているのだと感じて、嬉しくなりました。
培ってきた実績そのものが、模倣品との差別化になる
高宮:現在、売上の比率は国内と海外でどれくらいですか。
高橋:現在は、国内が約6割、海外が約4割ほどです。ただ、海外の比率を無理に増やそうとは考えていません。むしろ大切なのは、安定した供給体制を維持することです。どこかの地域でブームが起きたとしても、既存のお客様への供給を確実に守りながら対応する——その姿勢こそが、現在の安定につながっていると思います。
高宮:急成長よりも持続可能な成長を重視されているわけですね。一方で、海外では模倣品も多いと聞きます。そうした中で、どのように岩鋳さんの価値を伝えていらっしゃるのでしょうか。
高橋:確かに、海外製の安価な類似品は存在します。しかし、私たちは製品の作り込みの良さ、細部へのこだわり、製造工程などを丁寧に説明することで、お客様の理解を得てきました。長年にわたって品質を守り続けてきた実績こそが、何よりの差別化になっていると感じます。
簡単に増産することはできませんが、無理に規模を広げるよりも、今の体制で品質を守り抜き、確実にお客様に届けることを優先しています。
高宮:今後、新たに展開したい地域はありますか。まだ開拓されていない市場で、可能性を感じているエリアなどがあれば教えてください。
高橋:現在はヨーロッパ、アメリカ、アジアが中心ですが、中東やインド、アフリカなども視野に入れています。お茶文化や鉄器文化にどれだけ馴染むかはまだ分かりませんが、常に情報を集めながら、機会を探っている状況です。
高宮:これまでの30年、そして今後を見据えて、岩鋳というブランドが持つ使命をどのようにお考えですか。
高橋:私たちは南部鉄器を代表する企業の一つとして、この伝統工芸品の良さを失うことなく発展させていく責任があります。常にお客様のニーズに応え、新しいことに挑戦しながらも、製品の品質には一切妥協しない。この姿勢を貫くことが、私たちの使命だと考えています。
最初にフランスの紅茶メーカー様と出会った時も、今振り返れば「いい出会い」があったからこそ、ここまで来ることができました。展示会への出展、現地の良いディストリビューターとの出会い。そうした一つ一つの縁を大切にしながら、これからも南部鉄器の魅力を世界に伝えていきたいと思います。
高宮:最後に、海外展開を考えている企業へのアドバイスをいただけますでしょうか。
高橋:「現地の生活様式を理解し、求められる製品を届ける」ことに尽きると思います。そして、どこかでブームが起きても、そこだけに注力するのではなく、既存のお客様も大切にしながら、安定した供給体制を維持すること。この基本を守ることが、長期的な成功につながるのではないでしょうか。
高宮:製品への妥協のない姿勢と、お客様への誠実な対応。まさに123年続く老舗企業ならではの哲学ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
対談を振り返って:伝統を未来へつなぐ、岩鋳の哲学
123年にわたり南部鉄器の魅力を世界に伝えてきた岩鋳の歩みからは、次の3つの学びが浮かび上がる。
変えないことと、変えていくことを見極める力
時代ごとに生活様式が変わっても、「製造における妥協をしない」という信念を貫きながら、鉄瓶から調理器具、カラフルな急須へと進化を遂げてきた。
迎合するローカライズではなく、本質を際立たせるグローバライズ
各国の美意識や色彩感覚を尊重しつつ、「南部鉄器の佇まい」を守る。現地に合わせすぎず、独自の存在感を磨く姿勢が、結果として多くの地域での支持につながっている。使い手との対話が生む、新たな価値と持続性
灰皿がお香立てとしてその用途を再発見されたように、現地の視点が製品に新たな命を吹き込む。ものづくりとは、つくり手と使い手が共に価値を育てる営みである。
これら3つの原則に貫かれているのは、「ニーズに応え、いいものをつくり続ける」という岩鋳の信念だ。伝統を守りながら、時代とともに進化し続ける姿勢こそが、岩鋳のものづくりを未来へとつなげている。
(高宮範有)









