One Show 2025から読み解く、データと「らしさ」の交差点
膨大なデータをどのように活かし、どのように届けていくべきか?
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を拓くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回のコラムは、2025年のOne Showに審査員として参加したI&CO Tokyo代表・近藤まり子が執筆した「データと"らしさ"の交差点」です。今やデータは、効率化や最適化だけでなく、ブランドの存在意義や長期的な価値創造にもつながる時代となっています。グローバルで注目された事例を通じて、企業やブランドが膨大なデータをどのように活かし、どのように届けていくべきかを考察しています。ぜひご一読ください。
One Showとは:ニューヨークを拠点とする非営利団体「The One Club for Creativity」が主催するクリエイティブの祭典。カンヌライオンズやクリオ賞と並ぶ「三大広告賞」の一つ。広告、デザイン、インタラクティブ、ブランデッドコンテンツなど、多岐にわたる部門で、グローバルに優れたクリエイティブを表彰している。
世界で生まれ続けるデータ
企業の中に眠るデータを、マーケティングやブランディング、企業活動に活かせないか。おそらく、多くの方に課せられている課題であり、同時に可能性でもある。一方で、データと一口に言っても多種多様であり、膨大であり、その海に溺れているうちに時間が経っている...ということも稀ではないと思う。世界全体のデータ量が2010年から15年間で90倍に増加するという推計もある(IDC)。全てを企業が保有しているわけではないが、それだけ、分析できるデータも増えているのだ。
データを活用する最も基本的な考え方は「パターン化・効率化」で、それ自体はとても有効だと思う。傾向を知り、対策を練り、実行して改善していく。そのためのフレームワークも多くある。それと並行して、あるいはそれを超えてできることがあるとしたら、どんな可能性があるだろうか。
グローバルなクリエイティブの視点から、7カ国からの8事例を通じて読み解いてみたい。
One Show 2025 が示す鍵は「らしさ」との交差点
2025年3月、One Show 2025の「Creative Use of Technology」「Creative Use of Data」部門に審査員として参加した。世界各国から集まったエージェンシーやAmazon社のクリエイティブリーダー、また技術に精通したテクノロジストの方達に混じり、日本からは一名だった。世界で評価された事例を共有することで、上にあげたデータ活用の課題に何か役に立てたらと思う。
結論を先に言うと、膨大なデータに切り込んでいく一つの鍵は「らしさ」だということだ。その企業らしさ、ブランドらしさ。何のために存在しているのか、何を目指しているのか。それを実現するために、目の前のデータをどう使えばいいか。2つの大きなアプローチを紹介したい。
ストーリーテリングのデータ
一つ目は、データを使ってブランドや企業の意義や想いを伝える「ストーリーテリングのデータ」。ユーザーの行動データに限らず、製品番号や公開研究、将来予測、伝統的なExcelシートといった広義の「データ」を使い、施策の核として活用している。今年受賞している、四つの事例を紹介したい。
1. IKEA - Hidden Tags(ポルトガル)
ポルトガル国内で最も古いIKEAの製品を使っているユーザーをデータを使って探し出し、表彰し、賞品を渡す、という施策。目的は、IKEAの家具は質の悪い消耗品であるというイメージを変え、何年にも渡って使えるほどの「質」を伝えること。ユーザーは、家にあるIKEA製品についた製造年月タグの写真を撮り、SNS経由で応募するという仕組み。
長く使える「質」というIKEAの隠れた特徴を、ユーザーの家にある製造年月タグ、つまり揺るがない事実を活用し、更に実際にユーザーを動かしている。
2. Asuniwa SATO2531(日本)
選択的夫婦別姓の法制化を推進するNPO あすには による、通称「2531年 佐藤さん問題」の提唱。現状のまま夫婦別姓が認められないと、2531年には日本の姓は「佐藤」だけになってしまうという試算と研究をニュース化し、企業や人々を巻き込んでいく活動だ。
女性のものとして捉えられがちな問題を「名前の多様性」というみんなの問題にする。それを、事実性のある未来予測データが支えている。日本特有の課題でありながら、このケースが世界で評価されたのはそのアプローチの力が大きいと、個人的には考えている。
3. Spotify - Spreadbeats (アメリカ)
Creative Use of Data部門のBest of Discipline(グランプリ)を受賞したケース。Spotifyのクリエイティブな広告ソリューションを顧客に伝えるため、Excelシートにプログラムを仕込み、シートを開くとセルで構成されたミュージックビデオが流れるというもの。
Excelシートという伝統的な媒体に、データの力で新たな息を吹き込む。そのデータに対するSpotifyらしい遊び心がB2Bの施策であっても活かされており、合計5部門でグランプリを受賞している。
4. LAP OF LEGENDS - Michelob Ultra (アメリカ)
過去45年分のレースデータ、1,260時間の映像、14万マイル超の走行記録をもとに、伝説のドライバーの走行スタイルをデジタルで再現し、現役のF1ドライバーであるローガン・サージェントが彼らと仮想レースを繰り広げるというもの。AIや3Dシミュレーション、リアル走行の融合により、「現役対レジェンド」という夢の対決が可能となった。
評価された最大の理由は、圧倒的な技術力を単に誇示するのではなく、「過去と今をつなぐストーリーテリング」に落とし込んだ構造だ。Michelob Ultraはビールブランドでありながら、実はこの構造での施策を数年続けており、新たな愉しみを提供するブランドとしての位置を築いている。その長期的な蓄積もあり、Creative Use of Technology部門のBest of Discipline(グランプリ)を受賞した。
ここまで「ストーリーテリングのデータ」を紹介してきた。
「ホモ・デウス」の著者であり、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は「なぜ人間は大規模な集団として機能するのでしょうか?人間は“物語”を作り共有するすべを知っています」と述べている(WIRED)。つまり、ストーリーは、私たち人間を動かす根源といえる。その上で、上記の4つのケースが教えてくれるのは「ストーリーテリング=感動的なコンテンツ」では必ずしもないということだ。データという無味無臭なもの、事実を語る数字、自律的に動くプログラムだからこそ、力強いストーリーで人々を動かすこともできるのだ。
仕組みのデータ
二つ目の可能性は「仕組みのデータ」。一時的な施策では解決しない問題や、中長期で取り組むからこそインパクトをもたらす挑戦に対して、データを使って仕組み化し前に進めていく。ビジネスにきちんと寄与する方策を実行していく。こちらも受賞しているケースを共有したい。
1. LG - Menopause Mode(ブラジル)
更年期の特徴的な症状の一つであるホットフラッシュ。急な体のほてりが、睡眠中にも感じられる。何度も起きて空調調節をし、不眠に悩まされることも多い。その課題に対して、家電メーカーのLGが自動空調管理システムを開発した。ユーザーが装着するスマートウォッチとエアコンが連携しており、体温の上昇や心拍数などのデータをAIが解析し、空調を自動で調整するという仕組みだ。
「Life’s Good」を掲げる家電メーカーとして、長年見落とされてきたユーザーの大きな課題に向き合い、製品ソリューションの種として育てていく。選ばれる意味を作っていく、お手本のような活動だと思う。
2. DARTY - Long Lasting Reviews(フランス)
フランスのメジャーな家電量販店DARTYは「Let’s make it last」を掲げ家電を長く使うことを推進しているが、それを仕組み化したのがこのケース。18ヶ月以上家電製品を利用したユーザーによるレビューのみを「Long Lasting Reviews」としてオンラインストア上に収集・掲載できる仕組みを作っている。
オンラインストアに加え、レビュー評価(★の数)を実店舗で掲示するなど、単にサステナビリティの文脈だけではなくユーザーの役に立つプラットフォームとして機能している。
3. Heineken - Pub Museums(イギリス)
パンデミックの影響もあり、アイルランドの歴史あるパブが閉業に追い込まれている状況に対して、国の法的なサポートが受けられる「博物館」として登録するための活動。歴史家とARアーティストが協業し、パブの中にある歴史的資産をスマートフォンで見て回ることができる体験を開発した。
Heinekenの顧客をtoCとtoBの両方から捉え、重要なステークホルダーであるパブを守り続ける仕組みになっている。Creative Use of Technology部門でGoldを受賞した。
4. MasterCard - Room for Everyone(ポーランド)
MasterCardが持つビジネスデータや地図データを元に、隣り合う小規模事業者がマッチングを最適化するプラットフォームを開発。例えば、レストランと隣り合うバーバー、薬局と隣り合うペットショップはよりビジネスが成功するというデータが提供されている。ポーランドに避難してきたウクライナ人難民が出店する際、地元の小規模事業者と共存し、互いに繁栄するために活かされていく。
評価されたのは、Mastercardが持つトランザクションデータを、単なる市場分析ではなく「共生の設計図」として活用した点だ。支援やCSRにとどまらない、データドリブンな社会実装がブランド価値と結びついている。
ここまで「仕組みのデータ」を紹介してきた。データの持つ「蓄積することで傾向を見出す」という特徴に加え「他のデバイスやプラットフォームとつながる」「インプットデータとアウトプットを決め、プログラム化すると自走しやすい」といった特徴が活かされている。一つ目のストーリーテリングとは異なり、中長期で使われ続ける仕組みにすることでインパクトの最大化を目指すアプローチだ。
データと「らしさ」の交差点を探り、ブランドを前に進める
さて、今回のニュースレターでは、One Show 2025「Creativite Use of Technology」「Creative Use of Data」の受賞ケースを通じて、効率化・パターン化を超えてデータがインパクトをもたらすアプローチを探索してきた。
気付かれた方もいらっしゃるかもしれないが、中心にあるのは必ずしも「AI」ではない。AIを活用しているケースは、もちろんある。重要なのは、どのような問いかけを持ってデータやAIに向かうかであり、どのようにその企業・ブランドらしく、人々の役に立てるかだ。
もしこのコラムを活用いただけるとしたら、次のような問いかけが有効かもしれない。
データ:顧客情報に限らず、上記の事例のようにデータを広く捉え、5つ挙げてみるとしたら?
らしさ:自社の「らしさ」は何か?何を目指しているのか?一言で表すと?
データと「らしさ」を掛け合わせ、今後数年を見据えてどのようなアプローチが考えられるか?




