I&CO Foresight ’26 イベントレポート Vol.1
キーノートセッション「Brand Shift ── 『信頼』で選ばれる時代の成長戦略」
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、ブランドの視点でこれからの経営を考えるヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は、先日開催した「I&CO Foresight '26」のイベントレポートをお届けします。
7月13日に、I&COの年次コーポレートイベント「I&CO Foresight ’26」を開催しました。今年も企業やブランドの未来を見据える約250名の皆さまにご参加いただき、活気あふれる場となりました。
当日は、レイ・イナモトによるキーノートセッションに続き、第一部として株式会社Mizkan 上席執行役員 日本+アジア事業 CEO・槇 亮次氏とレイの対談を実施。第二部では、株式会社LIXIL 常務役員 Design & Brand Japanの羽賀 豊氏と、パナソニック コネクト株式会社 取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CMOの山口 有希子氏をゲストにお迎えし、パネルセッションを行いました。
今回のニュースレターでは、その中から、レイ・イナモトによるキーノートセッション「Brand Shift 『信頼』で選ばれる時代の成長戦略」の内容をご紹介します。次回以降は槇 亮次氏とレイの対談、さらに第二部のパネルセッションの様子をお届けします。
※配信内容は変更となる可能性があります。あらかじめご了承ください。
信頼を循環させる「ブランドのフライホイール」
「ブランド」という言葉は、日本語でも英語でも広く使われている一方で、その意味は非常に曖昧です。さまざまな意味や概念を内包する言葉を英語で「スーツケース・ワード」と呼びますが、「ブランド」もその一つです。この言葉をもって何を指すのか、どう定義するのかは、人によって大きく異なります。
ここ15年ほどの間に、社会環境や情報伝達技術は大きく変化し、人が物事を認識したり価値を判断したりする仕組みそのものが変わってきました。それに伴い、企業や組織、プロダクトが顧客から認識されるプロセスも変化しています。だからこそ今、ブランドの定義も現代に合わせてアップデートする必要があります。
私が提示する結論は極めてシンプルです。ブランドとは、人気や世界観、イメージではありません。私はブランドを「信頼による差別化」と定義します。信頼だけでも差別化だけでもなく、「信頼による差別化」であることが重要です。
では、この「信頼による差別化」はどのように生まれ、ブランドの成長につながっていくのでしょうか。その仕組みを説明するのが、「ブランドのフライホイール」というフレームワークです。
フライホイールの起点となるのは、「COMPANY」です。会社が何のために存在し、社会にどのような価値を提供するのかを示すミッションや理念が、ここに該当します。
この「COMPANY」が、具体的な「PRODUCT」として形になります。顧客は企業が掲げる言葉だけではなく、実際に提供されるプロダクトやサービスを通じて、その企業の価値を体験します。
その体験が「CUSTOMER」を魅了し、期待に応え続けることで、企業やプロダクトに対する信頼が少しずつ積み重なっていきます。こうして獲得された信頼が、「BRAND」を形づくります。
こうして築かれたブランドは、競合との違いを生み出す差別化の源泉になります。機能や価格だけでは代替されにくい理由が生まれ、顧客から選ばれ続ける力へと変わっていくのです。信頼による差別化は、顧客との関係や事業の成長を通じて、会社や組織そのものを強くします。この循環が継続的に回ることで、ブランドは成長していきます。
これは、認知から購買へと導く従来の「マーケティングファネル」とは逆方向の考え方です。マーケティングファネルがブランドというイメージで外側から顧客を動かして購買につなげるものだとすれば、ブランドのフライホイールは、会社のミッションを起点に、プロダクトやサービスを通じて信頼による差別化を実現していくものです。
OpenAIとAnthropicの対照的な立ち位置
ここからは、何かと話題の多いOpenAIとAnthropicという2社を比較しながら、ブランドと信頼の関係を考えていきます。
OpenAIは世界に先駆けて汎用人工知能(AGI)を実現することを目標に掲げ、「ChatGPT」の提供で業界をリードしてきた会社です。動画生成AI「Sora」の発表、トランプ政権とサム・アルトマン氏による「Stargate」プロジェクト、さらにはAppleでデザイン部門を率いたジョナサン・アイブ氏の会社の買収など、次々と大きな話題を生み出しています。世の中の注目を集め期待を高めることに、非常に長けた会社だと言えるでしょう。
一方のAnthropicは、OpenAIを離れたメンバーによって設立され、「安全なAI」を掲げる会社です。提供するプロダクト「Claude」がどのような原則に基づいて判断し、振る舞うべきかをまとめた「Claude’s Constitution」を公開し、AIに求める倫理や道徳の指針を明文化しています。新しいツールや機能によってAIが支援できる領域を広げながらも、安全性を重視する姿勢を一貫して示してきました。
その姿勢を象徴するのが、AIの軍事利用をめぐる米国政府との対立です。政府との関係を悪化させれば、何百億円規模の事業機会を失う可能性もあります。それでもAnthropicは、「安全なAI」という自らの理念を曲げませんでした。
ミッションとは、掲げるだけの言葉ではありません。難しい選択を迫られたときに何を優先するのか、その意思決定に表れる企業の姿勢です。Anthropicの行動は、自らの理念を貫くことで信頼を生み、それを差別化へとつなげた一つの例だと私は考えています。
両社の違いは、広告に対する姿勢にも表れています。
OpenAIがChatGPTへの広告導入を発表したのに対し、Anthropicは今年2月、AIとの会話の途中に無関係な商品の宣伝が差し込まれる様子を描いたキャンペーン動画を公開。AIサービスに広告が入り込むことへの懸念を風刺し、話題を呼びました。
両社が積み重ねてきた信頼の差は、顧客の選択にも表れ始めています。新規法人顧客がAIモデルを導入する際の契約先を見ると、昨年12月までの6〜7ヶ月間のデータでは6割がOpenAI、4割がClaudeという比率でした。ところが、そこからわずか4ヶ月ほどで状況は逆転し、現在では7割以上の新規法人顧客がClaudeの導入を検討しているといいます。
「人類のための安全なAI」という姿勢がClaude Constitutionやプロダクトに体現され、そこから信頼が生まれる。そしてその信頼が、法人顧客がClaudeを選ぶ理由、つまり「信頼による差別化」につながっているのです。
Walmartが体現する、信頼による差別化
もう一つの事例として、Walmartを取り上げます。Kantarが2026年に発表したブランド価値ランキングでは、Walmartのブランド価値は前年から48%上昇しました。
Walmartはもともと「安さ」を強みに成長してきた会社です。しかしここ5年ほどは、価格だけでなく、顧客からの信頼につながる体験づくりにも力を入れています。AmazonやCostcoが会員登録という区切りを設けているのに対し、Walmartは誰もがアクセスできる開かれた存在であることを大切にしながら、店舗とオンラインを融合させた顧客体験を磨いています。その根底にあるのは、都市部に住む人や経済的に余裕のある人だけでなく、すべての顧客を尊重するという、創業時から受け継がれてきた考え方です。
AIの活用にもその姿勢が表れています。Walmartは、顧客向けのチャット機能から始めるのではなく、まず約200万人の従業員にAIを使ってもらい、日々の業務のなかで実践と改善を重ねていきました。そのうえで、徐々に顧客体験へと展開しているのです。こうした取り組みによりWalmartは、「ただ安いから選ばれる」のではなく、「Walmartだから選ばれる」存在になったと評価されています。
これからのブランド構築の本質
企業が自らのミッションを起点に、プロダクトやサービスを通じて顧客との信頼を積み重ね、その信頼を差別化へとつなげていく。「ブランドのフライホイール」が示しているのは、企業成長においてこうした信頼の循環をつくることの重要性です。
そして実は、この構造は企業だけに当てはまるものではありません。個人もまた、自らが大切にするものを起点に行動し、周囲からの信頼を積み重ねることで、選ばれる理由をつくることができます。私自身が掲げているのは、「Make What Matters(世の中に必要不可欠なものをつくる)」、そして海外で活動する日本人として大切にしている 「Make Japan Matter(日本を必要不可欠な存在にする)」という二つのミッションです。
企業であれ個人であれ、掲げる言葉だけではなく、それをどう行動に移し、信頼によって差別化していくか。そこに、これからのブランドをつくる本質があると考えています。
(レイ・イナモト)









