DeepSeekを急拡大させた「価値の可視化」
NIKE Air、ChatGPT、DeepSeekの共通点
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今回のコラムは、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトが執筆した「DeepSeekを急拡大させた『革新の可視化』」です。今年1月にローンチした DeepSeek が、爆発的な広がりを見せた理由はどこにあったのか?—— プロダクトに魔法をかける「キー・プロダクト・モーメント(プロダクトの価値の可視化)」の考え方を通じて、その成功の理由に迫ります。ぜひご一読ください。
このコラムは、レイ・イナモトの「Show, Don’t Tell」をベースに翻訳・編集したものです。

ロジックよりマジック
中国のAIスタートアップが開発したDeepSeekは、リリースからわずか数日でApp Storeの首位に躍り出た。
急速な普及はChatGPTのローンチを彷彿とさせ、多くの人々がDeepSeekをChatGPTやGeminiと同等に評価するが、その開発コストはごくわずかだったという。ローンチから約一週間後の1月27日月曜日、テクノロジー株を中心に株式市場は暴落し、NVIDIAの株価は17%下落した。世間は、これをAI競争における「スプートニク・モーメント」と呼んでいる。
アメリカは負けることを嫌い、特にロシアや中国に対してはその傾向が強い。そして、他者から盗まれることは許せないが、他者から盗むことは容認するという矛盾を抱えている。インターネット上のデータを無断でスクレイピングしてモデルを訓練したOpenAIが、今やDeepSeekによる自社モデルのコピーに怒っている様子は、なんとも皮肉といえよう。
DeepSeekはいろいろな側面でアメリカのAIコミュニティを驚かせた。多段階の推論に優れ、革新的な訓練手法を採用することで、モデルが自律的に思考の連鎖、自己検証、内省能力を発達させることを可能にしているのだ。もっとも、こうした技術的な側面は一般の人々には難しすぎるかもしれない。
専門家たちが挙げる注目点は別にある。競合より40%少ない計算リソースで動作するコスト効率の高さ、OpenAIやGoogleの閉鎖的なシステムとは対照的なオープンソースのアプローチ、効率的なアーキテクチャ、そして無料で利用できる点だ。これらは確かに、DeepSeekが人気を博した妥当で論理的な理由といえる。しかし、論理だけではその爆発的な普及を説明できない。
大衆のツァイトガイスト(時代精神)をスピードと規模の両方で捉えるには、プロダクトに魔法が必要だ。DeepSeekにとってその魔法とは、デザインだった。
私はこれを、「キー・プロダクト・モーメント(プロダクトの価値の可視化)」と呼んでいる。
ナイキ・エアー
1970年代後半、元NASAエンジニアのフランク・ルディは、空気で満たされた袋を靴に埋め込んでクッション性を高めるという技術コンセプトをNikeに提案した。そして1978年に、エアクッション技術を搭載した初のスニーカー「Nike Air Tailwind」が発売され、ソール内部に透明なエアバッグを備えることで足への衝撃を和らげる設計が実現した。
しかしエアバッグは内部に隠されており、外からは見えなかった。1979年に公開された「Nike Air Tailwind」の広告からは、その革新性を伝えようと懸命に試みるも、うまくいかなかったことがわかる。

結果として「Nike Air」が商業的な成功を収めるまでには、さらに約10年の歳月を要することになる。10年の間、Nikeのエンジニアたちはこの技術を視覚的に見せようと試みていたが、適切な解決策を見つけられずにいた。そんな中突破口となったのは、ティンカー・ハットフィールドのシンプルなスケッチだった。


突破口となる着想を彼が得たのは、パリのポンピドゥー・センターだった。この建物は内部構造をむき出しにし、配管、エスカレーター、換気設備、暖房システムなどをすべてカラフルに塗装して見せていたのである。

ポンピドゥー・センターから着想を得て生まれた「Nike Air Max 1」では、ついに エアー が目に見える形でデザインに組み込まれ、人々はその革新性を視覚的に理解できるようになった。広告や説明書を読む必要すらなく、履く前からクッション技術の存在を直感的に感じ取ることができたのだ。
これこそがNike Airのキー・プロダクト・モーメントだった。キー・プロダクト・モーメントとはつまり、革新性を目に見える形で示し、理解しやすくし、何よりも魅力的にする瞬間や要素のことである。
このキー・プロダクト・モーメントは時に、製品に魔法のような魅力を与える。「Visible Air(見えるエアー)」—— それこそが、「Nike Air Max 1」にとってのキー・プロダクト・モーメントであり、魔法だった。
ChatGPT と DeepSeek
「ChatGPTが登場する前に、私たちはすでにChatGPTを作っていたんですよ」と、2023年の初めに出会ったあるAIスタートアップの創業者は悔しそうに私に打ち明けた。彼は、自分たちも独自のLLM(大規模言語モデル)を開発し、AIボットと自然な会話ができるようになっていたと主張した。
「でも、私たちのモデルはテキストの表示が静的でした。ChatGPTのユニークネスは、テキストをアニメーション表示させることで、まるで本当に機械と会話しているように感じさせたところにあります」
画面上でテキストが打ち出される演出は、一見大したことがないように思えるかもしれない。しかし、私はすぐに彼の言いたいことを理解した。というのも、20年以上前、深夜の図書館のコンピューターラボで、私は同じ感覚を味わっていたからだ。地球の裏側にいる友人とリアルタイムで初めてオンラインチャットをしたとき、ただ会話をしただけではなく、黒と白のUnix画面に彼がタイプする文字が目の前でアニメーションのように浮かび上がるその瞬間に、特別なものを感じた。それはまさに、魔法のように感じられた。
OpenAIは2021年11月にGPT-3を一般公開し、そして1年後、GPT-3.5がアニメーション付きのテキスト表示を導入すると、史上最速で成長するアプリとなった。それまで機械とのチャットはストレスの多いものだったが、ChatGPTは初めて、人間と会話しているように感じられる体験をもたらした。まるで魔法のようだった。このチャットウィンドウ内でのアニメーション付きテキストこそが、ChatGPTにとってのキー・プロダクト・モーメントだったのである。
最初にDeepSeekについて聞いたとき、この中国のスタートアップが成し遂げた革新の説明は論理的に思えた。しかし、アプリが10日足らずでApp Storeのトップに躍り出たとき、ウォール街はこの無名の中国AI企業、すなわちアメリカにとって21世紀の新たなライバルが何かを成し遂げたことに気づいた。こんな急成長は、普通ありえないからだ。
こうした成功を収めるには、技術者や金融関係者だけの注目では足りない。広く一般の人々の関心を引きつける必要がある。技術や金融に無関心な人々にとって、革新的なモデルやコスト効率、技術的な優位性といった説明は響かないものだ。大衆が反応するのは、プロダクトが「どのように機能するか」だけでなく、「どのように感じられるか」なのである。
私はDeepSeekに、政治的に微妙なプロンプトを試してみた。「ドナルド・トランプを主人公にした旧正月の歌を作ってほしい」というものだ。
興味深いことに、DeepSeekは歌詞を出力する前に、まずその思考プロセスを表示した。まるで自分自身と対話しながら、最適な出力を決定しようとしているかのような様子で、思考プロセスを示した後に、その分析に基づいた歌詞を提示したのである。
DeepSeekとChatGPTの出力を比較してみると、DeepSeekはChatGPTと同等のレベルに達していただけでなく、より深みがあり、立体的で、トランプの発言や特徴を的確に捉えていた。歌詞の評価は主観的なものではあるが、少なくとも期待を裏切るものではなかったといえる。DeepSeekのキー・プロダクト・モーメントは、思考の連鎖(チェイン・オブ・ソート)を可視化することにあったのだ。
私はこのようなアプローチを、ChatGPT、Gemini、Claudeでは見たことがなかった。独特で少し魔法のようなこの特徴は、専門家たちの説明を即座に実証するものだった—— 「DeepSeekは多段階の推論に優れており、モデルが自律的に思考の連鎖、自己検証、内省能力を発達させることを可能にしている」。
キー・プロダクト・モーメントはしばしばシンプルだが、それを実現するのは容易ではない。しかし実現できた時、その影響は深遠なものとなる。今週になってOpenAIはDeepSeekを模倣し、同様の推論機能をインターフェースに組み込んだ上、驚くべき「Deep Research」機能まで追加したようだ。
革新が目に見える形で表現されることは、素晴らしいことである。こうして、ブランドは連鎖反応的に進化していく。





