CUZEN MATCHAがひらく「挽きたて」の日常
アメリカ発・抹茶マシンの挑戦
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今回は、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトと、日本とアメリカで抹茶ビジネスを手掛ける World Matcha 代表取締役の塚田英次郎さんの対談をお届けします。サントリーで21年にわたるキャリアを経て、40代でアメリカでの起業に踏み切った背景には、どのような思いがあったのか?日本の伝統文化とテクノロジーを掛け合わせた挑戦の軌跡をお聞きしました。
この記事は、レイ・イナモトのPodcast番組「世界のクリエイティブ思考 #145(前編)」の内容をベースに編集したものです。

抹茶ブームの現在地と起業の原点
レイ:ここ数年、ニューヨークでも抹茶カフェが本当に増えました。そうした流れの中で、塚田さんがアメリカで抹茶マシンを手掛けるようになった背景を教えていただけますか。
塚田:サントリーで長くお茶の仕事に携わる中で、抹茶の健康効果や挽きたての美味しさを知り、その良さをもっと世界に伝えたいと思うようになりました。2015年頃、アメリカでは若い世代の間で「コーヒーから抹茶へ」というシフトが起き始めていました。抹茶に含まれるテアニンがもたらすリラックス効果や、コーヒーよりもサステナブルでピースフルなエナジーを感じられるといった理由から、若者たちは新しい文脈で抹茶を飲み始めていたんです。
当初は社内ベンチャーのとして、サンフランシスコに抹茶カフェを立ち上げました。幸いにもその事業はうまくいったんですが、次第に自分が描くビジョンと会社の方針が少しずつ合わなくなってきてしまったんです。それなら、自分の理想をゼロから形にしてみよう——そう考えて2019年に独立し、新たに「空禅抹茶(CUZEN MATCHA)」の開発に踏み出しました。
レイ:組織の中での挑戦から、個人としての挑戦へとステージを移されたわけですね。
「挽きたて」と「水出し」が変える抹茶体験
レイ:抹茶というと、粉をお湯で溶かして作るイメージが一般的です。CUZEN MATCHAのマシンは、そこを根本から変えたとお聞きしました。具体的にはどのような仕組みなのでしょうか。
塚田:CUZEN MATCHAの最大の特徴は「挽きたて」であることです。一般的に市販の抹茶は粉の状態で販売されていますが、コーヒーと同じように、抹茶も挽いてから時間が経つと酸化が進み、香りや鮮やかな色が失われてしまいます。そこで私たちは、抹茶専用の碾茶(てんちゃ)と呼ばれる茶葉のままマシンに入れ、飲む直前に挽ける仕組みを実現しました。毎回、挽きたてならではのフレッシュな香りと、これでもかというぐらい鮮やかな緑色を楽しむことができます。

塚田:もうひとつのこだわりが「水出し」です。お湯ではなく水で点てることで、苦味が抑えられ、うまみが引き立ちます。本当に美味しい抹茶が持っているフレッシュな香りとうまみ、そのいいところだけを味わうことができます。「抹茶なのにこんなに美味しい」「苦くない」「ストレートで飲める」と驚かれる方が本当に多いです。
使っているのは抹茶専用の碾茶で、一般的な煎茶とは形状も色も味も全く違います。さらに、私たちのミルで最適に挽けるよう、茶葉の仕入れから自分たちで手がけているんです。
レイ:なるほど。家庭で石臼を回すのは現実的ではないですが、その手間をマシンが担ってくれるわけですね。
塚田:はい。石臼を使うと、一人分の抹茶を挽くのに数分はかかります。前職でその大変さを身をもって体験しましたが、日常的に続けるのは現実的ではありません。「美味しいものをもっと手軽に」という発想で、職人の手仕事をテクノロジーで再現したのが、CUZEN MATCHAです。
大企業を離れ、ハードウェア開発という未知の領域へ
レイ:前職時代からお茶との関わりは深かったと思いますが、ハードウェアの開発はまったく新しい挑戦だったのではないでしょうか。当初は、どのようにプロジェクトを進めていったのですか。
塚田: 抹茶マシンをつくろうと決めて起業したものの、共同創業者も、ハードウェア系のエンジニアやデザイナーではありません。つくると決めたはいいものの、具体的にどう進めればいいのか、最初はまったくの手探りでした。

塚田:最初に協力してくれたのは、当時唯一つながりのあったインダストリアルデザイナーでした。ただその時点では、メカニカルエンジニアの存在がどれほど重要かも理解していなかったんです。デザイナーから「エンジニアはどうするのか?」と指摘され、「なるほど、設計と機構は別の領域なんだ」と腹落ちしたのが、最初の学びでした(笑)
レイ:その時点で、会社を辞めることはもう伝えていたんですか。怖さはありませんでしたか?
塚田:はい。辞めることはすでに会社に伝えていました。サントリーを離れるというのはもちろん大きな決断でしたが、退路を断った以上、前に進むしかないという覚悟だけが支えでした。
幸いなことに、卓越したスキルを持つエンジニアと出会い、開発の中核を担ってもらう体制を築くことができました。私自身、飲料の開発経験はありましたが、ハードウェアはまったく別物です。それに加えて、大企業の枠を離れた環境では、前提が根本的に異なります。資金調達と開発をフェーズごとに結び、できることを一つずつ増やし、実証しながら次の資金調達へとつなげる。そんなサイクルを粘り強く回していきました。
レイ: ハードウェアスタートアップならではの難しさがあったわけですね。
塚田: そうですね。ハードウェアスタートアップは特に初期投資が大きいため、どうしても投資家に敬遠されがちです。ただ幸いなことに、一緒に開発を進めていたエンジニアが前職でハードウェアスタートアップの経験を持っており、フェーズを区切りながら資金を調達し、開発を進めていくというやり方を教えてもらいました。最初の2年間は本当に学びの連続で、自分自身をアップデートし続けていきました。

レイ: プロトタイプができてからは、どのような課題がありましたか。
塚田: 次のステップは、量産化に向けたパートナー探しでした。これがまた、本当に雲をも掴むような話で。アメリカで探すべきか、深圳なのか、香港なのか、日本なのか、台湾なのか。選択肢は無数にありました。
ただ、最終的に味をつくるのはエンジニアリングです。微妙な味のフィードバックを精度高くやりとりするには、日本のパートナーが不可欠だと判断しました。結果として日本で協業する体制にたどり着き、特許リスクにも正面から向き合いながら、回避と調整を重ねていきました。危うい場面もたくさんありましたが、その綱渡りを乗り越えて、今の事業の基盤につながっています。
レイ: 「アップデートし続ける」姿勢が、未経験を補う鍵となったんですね。
CESとコロナ、そしてD2Cへの転換
レイ: 2020年1月には、CESでイノベーションアワードを受賞されていましたよね。
塚田:はい。試作機で受賞でき、メディアにも大きく取り上げていただきました。米国のテック企業を中心に関心が高まり、3〜5月はデモや講演、ポップアップの予定が一気に埋まっていったんです。ところが新型コロナの拡大によって、そのすべてがキャンセルになりました。マシンの製造は進み、最初の2,000台を生産する計画があるにもかかわらず、オフィスは閉鎖され、対面でのビジネス機会は消滅。B2Bを前提に描いていた販売シナリオは、事実上、成立しなくなってしまいました。
レイ:最大の前提が崩れたわけですね。絶体絶命ともいえるような局面で、その時は何をビジネスの判断軸に置かれましたか。
塚田:楽観を排し、最悪の状況が続くことを前提に置きました。「2年間は閉鎖が続く」と仮定し、短期的な回復を期待して待つのではなく、B2Bの再開を見込まない計画へ即時に切り替えました。生活者は自宅で過ごす時間を増やし、より健康的な選択を求めている。ならば、家庭用としての価値を改めて定義し直し、D2Cに舵を切ろうと決意しました。
そこでクラウドファンディングの準備に着手し、「なぜこの製品をつくるのか」を伝える映像を核に据えました。移動が制限される中で、撮影はリモートディレクション、編集も遠隔で詰めていきました。その結果、目標を達成し、2020年10月にローンチ。支援者の皆さまには予定通り製品をお届けすることができました。
レイ:ホリデー前の絶妙なタイミングですね。立ち上がりの手応えはいかがでした?
塚田:Kickstarter経由で約400名に届けられ、そこで得た初期顧客の反応が大きな後押しになりました。さらに、ホリデーシーズンのギフト需要が追い風となり、流れはいっそう加速しました。直後には TIME 誌の「Best Inventions」にも選出していただき、D2Cでの認知と信頼が一気に高まりました。
2022年以降はオフィスやカフェでの導入が進み、業務用モデル「抹茶マシンPro」を開発しました。現在では、世界的なテック企業のマイクロキッチンにも採用が広がり、オフィスでの体験が家庭用の購入へとつながる好循環が生まれています。

レイ: 今後の展望をお聞かせください。
塚田: 日本ではペットボトル茶の普及で急須文化が衰退し、高品質な茶葉の価格が下がって生産者が苦しい状況に置かれています。私たちは「生産者から適正に仕入れ、価値を理解する人に適正な価格で届ける」という循環をつくりたいと考えています。
現在、碾茶の条件を自社のミルに合わせて最適化し、品質と経済性を両立させる新しいサプライチェーンを構築しているところです。販路はアメリカと日本を軸に、今後はアジアにも広げていく予定です。やることはまだ山ほどありますが、考えすぎず、やると決めたらやる。この姿勢はこれからも変わりません。

対談を振り返って:
World Matchaから学ぶ不確実性への適応(レイ・イナモト)
「大変なことはなかったんですか?」と何度も尋ねたが、塚田さんは涼しい顔で「やるしかないと思ったので、やっただけです」と答えた。
ハードウェアをつくった経験がないまま「抹茶マシンをつくる」と決め、メカニカルエンジニアが何をする人かということも知らない状態で起業し、2年かけてマシンを完成させた。40代でのアメリカ起業、未知の領域への挑戦、そしてコロナ禍でのB2BからD2Cへの大転換。誰が見ても難題だらけの道のりを、塚田さんは静かな確信をもって、大変そうな顔をせずにやってのける。
自分がわからないことは専門家に聞けばいい。コロナがいつ収束するかは考えたところでわかるわけがないのだから、事態を打開することだけにフォーカスする。
不確実な時代には、どれだけ考えても“正しい答え”は見つからない。だからこそ、考えることをやめるのではなく、「今、何をすべきか」を見極め、最善を選び、動きながら修正していく。塚田さんの姿勢は、変化の時代を生きるすべての人にとっての実践知だ。行動によってしか見えない景色があることを、改めて教えてくれる。


