社会課題を事業の原点に
サラヤのグローバル展開に見る哲学
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を拓くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は、世界29の国と地域で事業を展開するサラヤ株式会社 アフリカ開発室 室長の北條健生さんへのインタビューをお届けします。社会課題に事業で向き合うという独自のアプローチと、地域に寄り添う事業づくりの実践について、I&CO APAC代表の高宮範有がお話を伺いました。
海外展開を成功させている日本企業の取り組みには、文化や商慣習の違いを越えて信頼を築くためのヒントが数多くあります。このニュースレターでは、日本企業の海外展開を支援するI&COの視点も交えながら、海外で確かなブランドを築いている日本企業にお話を伺い、不定期のインタビューシリーズとしてお届けしてまいります。
アメリカから始まった海外展開
高宮:サラヤさんは「衛生・環境・健康」という理念のもと、現在では世界29の国と地域に拠点を展開されています。その背景には、単なる市場拡大ではなく「社会課題の解決」を事業の中心に据えた哲学があると感じます。まずは、本格的に海外展開を始められた時期と、そのきっかけについて教えていただけますか。
北條:最初の海外拠点は1995年のアメリカでした。当初は医療衛生の分野での展開を想定していたのですが、当時のアメリカでは食品工場の大規模化やセントラルキッチンの普及により大規模な食中毒が頻発していました。そこで現地パートナーとの議論を重ね、「今は食品衛生のほうにニーズがある」と方針を転換し、日本式の食品衛生を紹介する形で合弁会社を設立したのが始まりです。
アメリカ進出に伴い食品の現場で使うアルコール消毒剤の現地許認可を取得したんですが、実は食品現場におけるアルコール消毒というのは日本独自の文化なんですよ。FDAの許認可を取ったのも、サラヤが第一号でした。
三つの海外展開パターン
高宮:アルコール消毒が日本独自の文化というのは意外でしたし、現地のリアルな状況を受けて柔軟に方針転換されたというお話も面白いですね。その後は、どのような形で拠点を増やしていかれたのでしょうか。
北條:弊社の海外展開には大きく三つのパターンがあります。一つ目は、日系企業からの要望に応える形です。主にアジア進出の際に多いパターンで、日系の食品工場やスーパーマーケットが海外に出るときに「日本と同じ製品・サービスを提供してほしい」という声をいただきます。私たちはそうしたニーズに対して、単に衛生薬剤を納入するだけでなく、それぞれのお客様に合わせた衛生ルールの策定、従業員教育、定期的なオーディット、改善提案など、包括的なコンサルティングサービスを提供しています。
高宮:衛生基準を担保するような役割も果たされているんですね。
北條:そうですね。二つ目のパターンは医療分野です。私たちは世界シェアの80%以上を占める内視鏡メーカーと共同で内視鏡専用の消毒剤開発・供給しているので、そのパートナー企業の海外展開に伴って進出していくという形です。
三つ目は、人とのご縁から生まれるケースです。弊社の社長は国際的な経済団体で副会頭を務めた経験があり、グローバルに広いネットワークを持っています。そうしたつながりから声をかけていただくこともあります。
普遍の軸と、文化への適応
高宮:海外展開において、文化の違いによる課題や発見はありましたか。
北條:もちろんあります。たとえば、イスラム文化圏ではアルコールの使用が難しい場合がありますし、東南アジアでは石鹸に対する考え方も日本とは大きく異なります。
日本の食品現場では匂い移りも一種のコンタミネーション(混入)と考え、無香料の石鹸が推奨されます。しかし東南アジアでは「魚やイカの匂いが手につかないように香りの強い石鹸を使いたい」という要望をいただくこともあります。衛生に対する価値観や感覚がまったく違うんです。
高宮:そうした要望には、どのように対応されたのですか。
北條:無理に合わせるのではなく、選択肢を提示しました。最終的に決めるのはお客様ですから、最初は香料入りを選ばれる工場もありました。ただ、日系企業には無香料の石鹸を提供し、それが次第に現地にも広がっていった。実際に使われている姿を見ることで「これが標準なんだ」と自然に受け入れられていったんです。言葉で説明するより、行動で示す方が伝わると感じました。
高宮:衛生や安全に関わる基準といった「変えないところ」はしっかりと守りつつ、文化的な部分には柔軟に対応するという姿勢ですね。
アフリカ進出 ― 寄付から持続可能なビジネスへ
高宮:御社の特徴的な取り組みであるアフリカ進出は、どのような経緯で始まったのでしょうか。
北條:2012年創立60周年記念へ向けて、ユニセフからウガンダでの「ナショナル・ハンドウォッシング・キャンペーン」への協賛依頼をいただいたことがきっかけです。「手洗いで命を守る」というテーマは薬用石鹸を起点とする私たちにとって非常に共感できるものでしたが、寄付だけでは一時的な支援で終わってしまいます。そこで、対象商品の売上の一部をユニセフに寄付する仕組みをつくり、日本の消費者も参加できる形にしたんです。ちょうどエシカル消費の考え方が広がり始めた時期でもあり、多くの方に賛同していただきました。
北條:この活動を通じてウガンダとのご縁が生まれ、「せっかくなら支援ではなくビジネスとして継続できる形にしたい」と考え、現地法人を設立しました。ウガンダではもともと砂糖産業が盛んで、製造過程で出る廃糖蜜からエタノールがつくれます。そこで、インド系財閥の砂糖工場の一角を借りてアルコール消毒剤の製造を始めました。当時のアフリカは病院でも消毒がほとんど行われていないような状況だったので、まずは病院向けに院内感染対策の教育をするところから取り組みました。
高宮:大きな課題への挑戦ですね。そうしたアフリカでの事業で、特に成果を感じた瞬間はありますか。
北條:コロナの時ですね。ウガンダ保健省の方から「サラヤのおかげで、感染症に向き合う準備ができていた」と言われたときは、本当に報われた思いがしました。実はコロナの前年に、隣国のコンゴでエボラ出血熱が発生していたんです。その時点で国境での防疫体制を一緒に構築していたので、コロナ禍にも迅速に対応できました。アフリカに進出して10年以上経ち、ビジネス的にはまだまだチャレンジがありますが、社会的インパクトという意味では確実に成果を上げていると自負しています。
サラヤ独自の多様なアプローチ
高宮:お話は少し戻りますが、海外展開の際にコンサルティングサービスも提供しているという点が印象的でした。製品とコンサルティングをセットで提供するスタイルは、以前からのアプローチなのでしょうか。
北條:そうですね。大量生産・低価格といったマスの戦略では、大手企業にはかないません。私たちはむしろ大手が手を出しにくいような、手間のかかるコンサルティング型のやり方をあえて選んでいます。時間はかかっても、自分たちが本当に価値を感じることを丁寧にやりきる。その積み重ねが信頼につながり、一度関係を築けば価格だけで簡単に崩れることもありません。
高宮:なるほど。一方で、途上国ではまた違ったアプローチが必要になりそうですね。
北條:そうなんです。たとえば、食品の分野において途上国ではそもそも「衛生」というものが付加価値として認識されにくく、多くの国では食中毒の原因を追跡する仕組みも整っていません。そのため、単に衛生の重要性を伝えるだけでなく、「付加価値を生む食品加工」という文脈とセットで提案するようにしています。
たとえば多くの途上国では、同じ作物を皆が同じ時期に収穫するため、ピークシーズンには買い叩かれ、オフシーズンには売るものがなくなってしまいます。そこで、私たちは独自に開発した急速冷凍機を提供しています。冷凍技術があれば、年間を通して収入を安定させられるだけでなく、流通過程での損失も減らせます。いわゆる「六次産業化」に近い取り組みです。
健康寿命へと広がる事業領域
高宮:社会課題の解決を事業の核に据えるというスタイルは、創業当初から一貫しているのでしょうか。
北條:はい。衛生を切り口に社会課題を解決するという考え方は、創業以来ずっと大切にしている理念です。
最近では感染症対策にとどまらず、「健康寿命を延ばす」という視点で事業の幅を広げています。カロリー・糖類ゼロの甘味料を開発したり、血管の状態を測定する医療機器を展開したり。また、途上国向けには、顧みられない熱帯病として知られる「スナノミ症治療薬」の開発にも成功しました。
高宮:健康の領域がかなり広がっているんですね。理念にも掲げられている、環境についてはいかがでしょうか。
北條:環境の分野でも同じです。ビジネスとしては利益になりにくい部分もありますが、重要なテーマとして取り組み続けています。食器用洗剤の詰め替えパックを日本で最初に導入したのもサラヤですし、最近では海の保全を前面に掲げ、自治体や企業と連携して活動を行っています。
こうして一見バラバラに見える事業が時間をかけて少しずつつながり、最終的にはひとつの大きな取り組みになっていく。そんなところも興味深く、サラヤらしさを感じますね。
あらゆる社会課題の現場へ
高宮:今後の海外事業の展望について教えてください。
北條:将来的には海外が主戦場になっていく時代を見据える必要があると考えており、まずは来期以降にインドでの事業強化を予定しています。インドには以前から拠点がありますが、もともとは紙製品メーカーの買収という形でスタートしたため、今後はよりサラヤらしい「薬剤を使った衛生」の切り口で本格的に展開していく方針です。東アフリカとの結びつきも強いので、インドとアフリカの間で製品を融通しながら、インドで確立したモデルをアフリカにも応用できればと考えています。
高宮:最終的には、どのような姿を目指しているのでしょうか。
北條:社会課題があるところには、すべて出ていきたいですね。社会課題は地域や国によって異なりますから、日本発の技術や理念を核に置きながら、それぞれの拠点が独自に課題解決に取り組めるチーム体制を世界中に築きたいと考えています。現時点では日本からハンドリングを担う領域もありますが、将来的には各拠点が自律的に動けるようになるのが理想です。
高宮:最後に、これから海外展開を考えている企業へのアドバイスをいただけますか。
北條:アフリカについて言えば、まずは現地を見てほしいです。2050年には世界の4人に1人がアフリカ人になると言われている中で、各国はすでに市場として動き始めており、アメリカでは数千社、中国からは1万社以上も進出しています。現地スタートアップへの出資や既存拠点を活用した貿易など、小さな一歩から始めてみてはいかがでしょうか。
高宮:サラヤさんの拠点も活用できるわけですね。
北條:はい。弊社はウガンダ、ケニアで活動しているので、日本から両国への企業誘致も自分たちの仕事の一つだと勝手に思っています(笑)。「弊社の現地拠点を受け皿にして、何かトライしてみませんか」と、よく声をかけているんです。日本政府の支援も年々充実しており、アフリカ進出を後押しする制度や助成金も増えています。ほかの地域ではハードルの高いトライアルも、アフリカなら支援を受けながら挑戦できることが多い。そうした環境をうまく活かしながら、新しい挑戦をする企業がもっと増えていけば嬉しいですね。
🔗 サラヤの社会課題解決に向けた取り組みを紹介するサイト
「SARAYA SDGs Solutions 」
対談を振り返って:社会課題を事業で解く、サラヤの挑戦
「世界の衛生・環境・健康に貢献する」という理念を掲げ、世界29の国と地域で事業を展開するサラヤの歩みからは、次の3つの学びが見えてくる。
普遍の理念と、文化に合わせる柔軟性
アメリカにおける医療事業から食品事業への転換や、東南アジアにおける香料入り石鹸の提供など、文化やニーズの違いに合わせて柔軟に対応しながらも、衛生・安全を守るという普遍的な理念は揺るがない。変えない軸と、変えていく柔軟性の共存がグローバル展開の鍵となっている。
一過性ではなく、持続可能な事業モデルの開発
ウガンダでの「ナショナル・ハンドウォッシング・キャンペーン」をきっかけに、単なる支援ではなく、現地生産と教育を伴う自立的な仕組みを構築した。社会貢献を“事業化”することで、支援を一過性で終わらせず、地域に根ざした持続可能な価値を生み出している。
信頼を育てる企業風土
マス市場を狙わず、コンサルティング型の丁寧なアプローチを選択し、現場教育や衛生ルールづくりなど、手間を惜しまない姿勢が顧客との信頼を生み出す。さらに、途上国では急速冷凍技術を通じて「付加価値を生む食品加工」を支援するなど、共に価値を育てる姿勢を貫いている。
これらの実践から見えてくるのは、「社会課題のあるところに、事業の種がある」というサラヤの哲学だ。理念を起点に、文化や地域を超えて新たな価値を生み出し続ける姿勢が、サラヤのグローバル展開の真髄である。
(高宮範有)









