時代の流れに寄り添うクリエイティビティ
二つの事例に見る、文化を動かし共感を生み出す仕組みの作り方
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を開くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回のコラムは、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトが執筆した「時代の流れに寄り添うクリエイティビティ」です。今やクリエイティビティは、クリエイティブ業界だけのものではありません。時代の流れを捉え、文化に切り込んでいくビジネスの成功事例から、真のクリエイティビティとは何かを探ります。ぜひご一読ください。
この記事は、レイ・イナモトのPodcast番組「世界のクリエイティブ思考 」#139 の内容をベースに編集したものです。

クリエイティビティを発揮している会社は、必ずしもクリエイティブを専門領域とするビジネスに限らない。今回は、時代に沿ったクリエイティビティを発揮している事例の紹介を通じて、その本質に迫りたい。
PG Lang:彼ら自身がブランドであり、メディアとなる
最初に取り上げたいのは、PG Langというクリエイティブエージェンシーだ。ミュージシャンのケンドリック・ラマーが数年前に設立した新しい会社である。
ラマーは卓越したパフォーマーでありミュージシャンであると同時に、自身のミュージックビデオを監督する映像作家でもある。彼のアルバムは、サウンドだけでなく、その背景に流れる物語や社会へのメッセージ、そしてビジュアルの見せ方までを含めた総合的なコンセプトをもって構築されている。PG Langは、そんな彼の姿勢を他者にも共有し、クライアントのストーリーづくりを支援する場として生まれた。
その具体的な例が、アメリカで急成長を遂げているペイメントアプリ「CASH」との取り組みだ。CASHは、Apple PayやGoogle Payのようなモバイル決済サービスであり、ここ数年、特に若者やマイノリティの間で支持を広げている。そのブランドの成長を支えるのが、ラマー率いるPG Langである。ラマー自身もCASHのブランドアンバサダーを務めている。
二年ほど前に公開されたCASHのプロモーション映像では、ラマーが監督・演出を手がけ、若者たちに「お金を貯めること」や「経済的に自立すること」の大切さを伝えるというテーマが描かれている。彼は映像の中で若者たちに向かって「先生を連れてきた。この人の話を聞こう」と語りかけ、そこに登場するのが、金融界の巨匠レイ・ダリオだ。ダリオが若者たちに経済的自立の意味を語るというたった数分の映像だが、その短い時間の中に、明確で力強い意図が込められている。
コロナ禍を経て物価の上昇が続くなか、若者たちの暮らしは一層厳しさを増している。将来への不安やお金にまつわる悩みを抱える人が増える今、そんな時代の空気を敏感に捉え、彼らの心に届くメッセージを届けている。それこそが、ケンドリック・ラマーがPG Langを通じて生み出している価値だ。
ここで重要なのは、有名人を起用したから成功したのではないということだ。大切なのは、どう文化の中に切り込むか、そして「この企業は自分たちのことをわかっている」と感じてもらえるような共感をどう生み出すかである。
ただスタイリッシュなものや奇抜なものを作るだけでは、世の中には根づかない。文化に深く入り込み、人々の心に残るには、その裏にあるリアリティや誠実さが欠かせないのだ。

このように、ミュージシャンや俳優が自身のクリエイティビティをサービスとして提供する例は、実のところほとんどない。過去には映画監督のスパイク・リーが広告代理店DDBと組んで「SPIKE DDB」を立ち上げたケースや、俳優のライアン・レイノルズが2018年にエージェンシーを設立した例があるものの、いずれも稀な試みだ。
彼らの強みは何か。それは、彼ら自身がすでにブランドであり、メディアでもあるという点だ。ケンドリック・ラマーやライアン・レイノルズに依頼すれば、優れた作品を作ってもらえるだけでなく、彼ら自身がその発信源となり、数千万人のフォロワーに直接メッセージを届けてくれる。つまり、従来のクリエイティブエージェンシーにはない二つの力を同時に提供できる。これが他のエージェンシーとの決定的な違いだ。
有名人としてテレビCMにに登場しただけでは、「お金をもらっているからそう言っているのだろう」と受け止められてしまう。しかし、自分の言葉で、自分のSNSから、自分が関わって生み出したものを発信すれば、まったく別の意味を持つ。それは“広告”ではなく、“表現”として受け止められるのだ。
他では生み出せない独自の価値を、自然な形で世の中に届ける——そこに、今の時代にふさわしいクリエイティビティのあり方があるといえる。
Nuuly:時代が後押しする新しい可能性
次に紹介したいのは、まったく異なる業界の事例だ。Nuuly(ニューリー)という、服のレンタルビジネスである。
ファッションのレンタル事業は、実はとても難しい。在庫を管理し、クリーニングや配送の手間をかけ、保管場所を確保しなければならない。さらに、顧客ネットワークを築き、利用サイクルを維持する仕組みづくりも求められる。スケールには時間がかかり、利益も出しにくい。そんな構造的な難しさを抱えた領域だ。
いわゆる「サーキュラーエコノミー」という考え方のもと、服のレンタルビジネスはここ数年で注目を集めてきた。しかし、その先駆けであるRent the Runwayでさえ、10年以上の運営を経てもなお黒字化には至っていない。それほどまでに、このビジネスは難易度が高いのだ。
その中でNuulyは、Urban Outfittersの親会社であるURBN社が数年前に立ち上げた新しいブランドである。昨年後半から今年にかけてようやく利益を出し始め、他の競合を追い抜く勢いを見せている。
Nuulyの仕組みはシンプルだ。月額98ドル(日本円でおよそ1万4,000〜1万5,000円)を支払うと、毎月6つのアイテムが届く。好みのスタイルを指定でき、気に入ったアイテムはそのまま購入することもできる。気に入らなければ返却し、翌月にはまた新しい服が届く。古着でありながら月ごとに異なるファッションを楽しめる、そんな「定額制ワードローブ」のビジネスモデルだ。
ただし、この仕組みの裏側には想像以上に複雑なオペレーションがある。倉庫には膨大な量の服がサイズやカテゴリーごとに整理されて並び、日々の入出庫が管理されている。返却された服はすべてクリーニングされ、再びサイクルへと戻される。季節が変われば、軽やかな夏物からかさばる冬のコートまで、扱う品目も劇的に変化する。一見シンプルに見えて、その実、緻密な流通設計と管理の上に成り立つサービスなのだ。
Nuulyが成功を収めている理由は、そのオペレーション戦略にある。提供している商品の約6割は、Urban Outfitters、Anthropologie、Free Peopleといった自社ブランドのものだが、それだけにとどまらない。数百におよぶ他ブランドとも提携し、顧客に幅広い選択肢を提供している。つまり、自社完結を目指すのではなく、他のブランドをも巻き込みながら、循環の輪を広げているのだ。その開かれた姿勢こそが、Nuulyの成長を支える原動力になっている。
一昔前であれば「定額制で何かをレンタルする」というのは、ある種の特別な行為だった。しかし今や、Netflixに代表されるサブスクリプションサービスは生活の一部となり、メルカリのような中古品売買の文化もすっかり定着している。思えばNetflixも、もともとはDVDの定額レンタルサービスから始まり、インフラの進化とともにストリーミングへと姿を変えた。そうした「所有から利用へ」という価値観の変化が、Nuulyのような新しいビジネスを現実のものにしているのだ。
もしこのモデルが5年前、10年前に登場していたら、ここまで広がらなかっただろう。SNSが普及し、シェアやレンタルが日常の習慣となった今だからこそ、こうしたサービスが時代の感性として成立している。言い換えれば、社会の価値観の変化によって、Nuulyのクリエイティビティが実を結んでいるのだ。
クリエイティビティは誰のものか
時代には流れがあり、社会にも流れがある。その時代や文化に寄り添ったものをつくっていかなければ、クリエイティブの専門家がいくら褒めても、世の中に広がることはない。
私がこうした事例を通じて伝えたいのは、「クリエイティブ」と「クリエイティビティ」を分けて考えることの大切さだ。考え方としてのクリエイティビティを強調する意味で、私は「クリエイティブ思考」という言葉も使っている。
クリエイティブ思考は、決して専門家だけのものではない。誰にでも使える視点であり、考え方だ。ケンドリック・ラマーが音楽活動をビジネスに昇華させたように、そしてNuulyが時代の変化を読み取って新しい仕組みを形にしたように、クリエイティブな思考はあらゆる領域で求められている。
ビジネスにおける「時代の流れに寄り添うクリエイティビティ」とは、特別な才能ではなく、時代の空気を感じ取り、それに正直であることだ。その積み重ねが文化を動かし、共感を生み出し、結果として世の中を少しずつ変えていく。






