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今回のコラムは、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトが執筆した「ブランドのフライホイール」です。この10年で消費者や企業、ブランドを取り巻く環境が大きく変わり、ブランド構築のためのアプローチも変化を求められています。これから重要になる「ブランドのフライホイール」の考え方とは?ぜひご一読ください。
このコラムは、レイ・イナモトの「The Flywheel of Brand」をベースに翻訳・編集したものです。
「ブランド・フリップ」のその後
数年前、私はマーティー・ニューマイヤーの著書『The Brand Flip』に出会った。
この本では、かつて企業がブランドを構築し、顧客がそれに惹かれて製品を購入していた時代から、現在では顧客が企業のブランドを作り上げる時代へと変化したことが論じられている。ニューマイヤーはこの変化を「ブランド・フリップ」と名付けた。シンプルで洗練されたこのフレームワークは、ブランドが製品中心から顧客中心へ、また体験や物質的価値から「意味」へと焦点を移す必要があることを強調している。
近年、消費者はモバイルデバイスを通じて他者の意見にリアルタイムでアクセスできるようになった。それ以前にもレビューなど消費者の声は存在していたが、実店舗を含む購入の現場で即座にアクセスできるようになったことによって、ブランドと消費者の力関係が変化した。透明性の向上により、消費者の発言力が一層強まったのである。
ニューマイヤーはこうした変化を指して「ブランドとは企業が何を言うかではなく、消費者が何を言うかで決まる」と述べている。
この書籍が執筆されたのは2015年だが、ニューマイヤーの主張は2025年においても依然として真実であり、重要である。しかし10年という歳月は長く、その間に市場や消費者の意識は進化してきた。2015年以降、ブランド構築における製品とその体験の重要性は大幅に高まり、10年前に比べても、より重要な役割を果たすようになったのだ。
2015 → 2025:何が変わったのか?
それでは具体的に、2015年以降に何が変わったのかを見ていこう。
1. 短尺モバイル動画
2015年というと、当時まだTikTokは登場していなかった。この事実だけでも、この10年間の変化の大きさがうかがえる。
2018年、ByteDanceはMusical.lyを買収し、中国版TikTokであるDouyinと統合した。これによりモバイル動画の普及が加速し、情報へのアクセスのあり方が大きく変わった。現在米国のTikTokユーザーは1億7,000万人を超え、成人の3人に1人が利用している。そのうち52%がTikTokをニュースの情報源としているという点も注目に値する。
さらに、モバイルデバイスの進化、高速ネットワークの普及、高性能カメラの向上により、ユーザーはいつでもどこでも動画を作成・共有できるようになった。
2015年には、こうした環境はまだ存在していなかったのである。
2. 個人がブランドになる時代
モバイルデバイスの普及により、人々は情報へアクセスする力を手にした。さらに、動画を作成・共有する能力を得たことで、かつては企業だけが持っていた影響力や発信力を、個人も手に入れるようになった。
「インフルエンサー」や「クリエイター」という言葉は比較的新しい概念である。「インフルエンサー」は2019年にオックスフォード英語辞典に追加されており、これは驚くほど最近の出来事だ。また「クリエイター・エコノミー」という概念自体は以前から存在していたものの、2020年後半にSignalFireのレポートによってその認知度が大きく向上した。
過去10年間で、TikTokやYouTubeといったプラットフォーム、さらにはポッドキャストのようなフォーマットが登場し、2015年とは比較にならないほどの影響力と権威を個人クリエイターにもたらした。そして現在、InstagramとTikTokのフォロワー数上位100アカウントのうち95%以上を、ブランドや企業ではなく個人が占めている。このことからも、人々がブランドよりも他の個人に関心を持つようになったことがわかる。
もっと具体的な例もある。2015年当時、CNNのような大手メディアは、ジョー・ローガンやアレックス・クーパーのような個人よりも圧倒的に大きな影響力を持っていた。たとえば、2015年9月16日に行われた共和党の大統領候補討論会は2,310万人の視聴者を獲得しており、これは当時の個人クリエイターには到達不可能な数字であった。
しかし2025年には、ジョー・ローガンのポッドキャストにドナルド・トランプが出演した回が、わずか24時間で2,600万回のYouTube再生数を記録した。さらに、ローガンのポッドキャストは1回のエピソードで1,100万回ダウンロードされ、これはCNN、MSNBC、Foxを合わせた視聴者数をも上回る。このような状況は、2015年には想像すらできなかった。
人々は、ブランドや企業よりも個人を信頼するようになった。この傾向自体は以前から存在していたが、ソーシャル動画やポッドキャストの普及がその流れを決定的に加速させたのである。
3. コンテンツとしての製品
オンラインコンテンツの性質も、この10年間で大きく変化している。
例えば2015年当時のYouTubeでは、音楽ビデオやコメディ・ドッキリ動画、さらにはテレビ番組のクリップが主流であった。しかし、2025年には、それらに代わって製品レビューのようなコンテンツが人気を集め、関連するチャンネルの影響力が急上昇している。
実際、YouTubeのトップクリエイターの多くは、この分野に注力している。なぜなら、製品レビューには視聴者を惹きつける力があり、企業からの関心も高いためである。

製品をコンテンツにするという考え方は、2015年当時、まだ広く知られていなかった。その起源はっきりしないが、ファッション工科大学(Fashion Institute of Technology)のホワイトペーパーで「製品をコンテンツとする概念」に言及していたり、Mirum社の社長であるミッチ・ジョエルが「2016年は、製品をコンテンツとする世界と、コンテンツを製品とする世界が交錯する年になる」と予測していたりと、いくつかの動きが同時期に登場し始めていたようだ。
こうした流れの中で、日本のストリートウェアブランド「HUMAN MADE」は注目に値する。このブランドは2010年にNIGOとファレル・ウィリアムスによって設立され、最初の10年間は控えめな成長を続けていた。しかし、2021年頃に開始したニュースレターの中で「プロジェクトをコンテンツ化する」戦略を打ち出し、これがファン層の支持を集めることに成功した。その結果、売上は大幅に増加し、わずか3年で4倍に伸びたのである。
このブランドは、バイラルキャンペーンに頼ることなく、製品の認知度と需要を高めることに成功した。その手法は、まるで出版社のように振る舞い、製品をコンテンツとして定期的に発信するというものであった。この戦略によってファンはより多くの情報を求めるようになり、ビジネスも成長していったのである。

4. 高まる消費者の期待
消費者の力が増すとともに、製品や購買プロセスに対する期待も高まり、企業はその変化に対応することを求められている。
例えばAmazon Primeは、消費者に利便性を提供する一方で、多くのオンラインビジネスにとっては悩みの種となった。自社サイトで販売する場合は送料無料、返品にも無料で応じざるを得ない状況に追い込まれ、Amazonで販売する場合には手数料が利益を圧迫する。消費者は、購入した商品が気に入らなければ家から一歩も出ずに簡単に返品できるようになった。このような環境は、企業に対して「製品が約束通りの価値を提供する」ことを求める無言の圧力となっている。
この傾向は、eコマースに限らない。ある業界で生まれた優れた体験は、他の業界にも波及し、消費者の期待を押し上げる。小売業や医療分野を含め、あらゆるブランドとの接点において、同じレベルの利便性が求められるようになっていくのだ。
ブランドの連鎖反応モデル
マーティ・ニューマイヤーが主張する「ブランド・フリップ」は、以下のようなモデルだった。
企業が顧客を生み出す
顧客がブランドを築く
ブランドが企業を支える
この考え方は、ピーター・ドラッカーの二つの有名な言葉に基づいている。「ビジネスの目的は、顧客を創造し維持することである」「ビジネスには、マーケティングとイノベーションという二つの機能しかない」。
しかし、ドラッカーやニューマイヤーの理論には「製品」という要素が含まれていない。それは2015年以前であれば問題にならなかったかもしれないが、ここで述べてきたように、この10年で企業やブランドを取り巻く環境は大きく変わった。
短尺モバイル動画の登場、個人のブランド化、コンテンツとしての製品、そして高まる消費者の期待——これら四つの要因が、ブランドと消費者の力関係を変え、ブランド構築における製品の重要性を高めたのだ。
私が提唱する新たなフレームワークの基盤にあるのは、製品そのものである。今日、製品が顧客を惹きつける主な原動力となっていることに疑いの余地はない。スタンレーのクエンチャー、OpenAIのChatGPT、ユニクロのラウンドミニショルダーバッグ、そしてヒューマンメイドのような事例がその証拠である。これらのブランドは、大規模なマーケティングなしに成功を収めた。むしろ、優れた製品そのものが最高のマーケティング手段となったのである。製品とその体験が信頼を生み、それがブランドを築き、最終的にブランドが企業を差別化する。
私は、ブランド構築のための新たなフレームワークである「ブランドのフライホイール(The Flywheel of Brand)」、つまりブランドの連鎖反応モデルを以下のように提唱する。
企業が製品を生み出す
製品が顧客を惹きつける
顧客がブランドを信頼する
ブランドが企業を差別化する
こうして、ブランドのフライホイールは回り続ける。
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