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今回は前回に続き、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトと、アシックスの常務執行役員 甲田知子さんの対談をお届けします。アシックスはいかにしてブランドの魅力を世界に広めたのか、そして、それを可能にしたチーム作りの秘訣とは?ぜひご一読ください。
この記事は、レイ・イナモトのPodcast番組「世界のクリエイティブ思考 #102(後編)」の内容をベースに編集したものです。
ブランド力とは ”ディステニー” をコントロールする力
レイ:この数年間、アシックスさんのブランディングに部分的に伴走させていただいている立場から、最近「ブランド力と売上の関係性はどういうところにあるのだろう」と考えています。企業や業界によっても答えは変わってくると思いますが、アシックスさんは売上の向上とブランド力の関係性をどう捉えていらっしゃいますか?
甲田:ブランドにとって重要なのは、自分たちがどれだけコントロールできているかという観点です。私たちは卸の商売もしており、すべてがDTC(Direct to Consumer)のビジネスではありませんが、自分たちが “ディステニー” をコントロールできるところで売るということにこだわっています。
お客様にこの価値で買ってほしいという定価を設定したのであれば、定価で売り抜くことがマーケティングの仕事だと思うんです。じゃあそれを売るパートナーさんは誰なのか、売り場はどうなのか、伝えるための手段はどうなのか-そこまで含めて自分たちがコントロールできる環境を作ることが、ブランド力になってくるのだと思います。ブランド構築というのは、本当に総力戦だと思いますね。
レイ:定価1万5千円のシューズをパートナー企業に卸したとして、きちんとブランドを築けていれば、その先にいる顧客も1万5千円で買ってくれるということですよね。
甲田:そうですね。ただ、定価での販売を維持するためには、店頭スタッフがシューズの価値をお客様に説明できなくてはなりません。そのため最近は、ホールセールのパートナーさんとのコミュニケーションにより力を入れています。
もちろんDTCも大切ですが、お客様がどこで商品を買うかというのは変えられない部分です。サッカーをやっている人はサッカー専門店に、ランニングをしている人はランニング専門店に行くでしょう。そうなったときに、例えば走り方のパターンに応じて開発した2種類のシューズについて正しく説明できるよう、我々からの情報提供や教育に力を入れています。効率という観点からは逆行するかもしれませんが、そこはきちんと時間をかけて、地道に環境を作っていますね。デジタルとはまた違う取り組みですが、オフラインでの勉強会やコミュニティ作りは大切にしています。
ハミングとシャウトの掛け算で、信頼を獲得する
レイ:そういった地道な努力もあれば、イメージやマスのアプローチもあるかと思います。後者についてはどのような取り組みをされていますか?
甲田:大きなスポーツ大会のマーケティングにはオンライン・オフラインともに注力しています。ただし選手だけでなく、それを観る一般の方までを含めて、誰もが楽しめるスポーツモーメントを作るような取り組みが多いです。コマーシャル要素のあるブランドマーケティングというのは、最近はあまりやっていないですね。
レイ:スポーツ業界全体を見渡しても、十数年前のワールドカップの時に見られたような大きなブランドキャンペーンは、以前に比べると少なくなりましたね。
少し話はズレるのですが、Eコマースで一番使うサービスは何ですかと聞かれたら、おそらく多くの人はAmazonと答えるでしょう。ただ、消費者がAmazonをブランドとして捉えているかというと、そうではないように思います。かつてのように、感情移入や憧れといったエモーショナルなコネクションでそのブランドを選んでいるのではなく、欠かせないサービスとして信頼できるから選んでいると思うんです。私はこれを「信頼される差別化(Trust Differentiation)」と呼んでいますが、消費者のブランドに対する判断軸というのが、そんなふうに大きく変わってきているなと感じます。
甲田:同感です。安心安全へのこだわりは前編でお話ししましたが、こういう時代だからこそ、地道でもいいので信頼を築いていくという姿勢がアシックスの強みになっていると思います。
私たちはよく「ハミングするところとシャウトするところをどこに持っていこうか」という話をするんです。ハミングは継続的に伝え続けること、シャウトは重要なタイミングで大きく声を上げること。これらの言葉が象徴するように、大きなブランドキャンペーンを展開するだけではなく、その文脈の中でお客様が一緒に体験できることを提供し、相乗効果を生んでいくことが大切だと考えています。
既存のペイドメディアだけで多くの方に認知してもらうのは本当に難しくなってきているので、例えばサステナビリティやウェルビーイングといった文脈との掛け算で、どういった認知を取れているのか、といった視点も持つようにしています。
グローバルチームを支える「共通言語」
レイ:ここまでの話を踏まえて、「ブランド力と売上の関係性」について改めてお伺いしたいと思います。アシックスさんはここ数年、特に2021年頃からは売上が右肩上がりになっていますが、それにともなって、ブランド力の向上も実感されているのでしょうか?
甲田:先ほど触れたブランド力の定義でいうと、自分たちが “ディステニー” をコントロールできているという感覚は確実にあります。グローバルとローカルの役割を明確にし、かつ全員が同じところに向かって行動できているので、本当に自分たちがビジネスを作っているんだという感覚がありますね。
大切なのは、先ほど触れた「定価で売り抜く大切さ」やチャネルの絞り込みといったアプローチによって、利益がともなっている点です。マーケットシェアに関しても、ディスカウントによってではなく正規価格でシェアを取っていることは、ブランド力に直結していると考えています。
レイ:日本企業のグローバル展開について、アシックスさんは成功している数少ない例だと思います。日本企業が世界で成功するために必要な要素は何でしょうか?
甲田:一つ目は、当然ながらプロダクトやサービスでイノベーティブなものを創造し続けることです。ただし、それ以上に重要なのが人的資本の活用です。優秀な人材を見つけた時、それが日本人であるとは限りません。グローバル市場の中で、本当に自分の企業を成長させてくれる人材を活用していくことを、もっと積極的に進めるべきだと思います。私のチームも半分以上が日本人ではなく、全体で10カ国以上の人材が働いています。
そういった環境で特に重要なのが、共通言語を持つことです。英語が公用語とはいえ、言語レベルは様々です。そこで、誰もが理解できるアクショナブルな共通言語を持つことが重要になります。例えばアシックスでは、ターゲットオーディエンスにもセグメントごとに共通の名前をつけて、全員が同じ目的に向かってアクションを起こせるようにしています。
レイ:一方で、日本人がリーダーになれないのは寂しいですよね。
甲田:寂しいです。確かに寂しいのですが、やはりそのあたりは考え方を変えていく必要があり、日本人だけでグローバルに通用する組織を作るのは不可能になっていくと考えています。多様な人材が同じ目的に向かって進めるような環境作りが重要です。
レイ:アシックスさんの取り組みは、これからのグローバル企業の姿を示しているように感じます。本日はありがとうございました。
対談を振り返って:
アシックスの革新から学ぶ三つのポイント(レイ・イナモト)
アシックスのアプローチからは、以下の三つを学ぶことができた。
1. ブランド力=価値を届けるために環境をコントロールする力
アシックスは製品の正規価格を維持し、販売パートナーとの関係を地道に構築している。ブランドの真の強さは、大規模なキャンペーンではなく、一貫して価値を届けるためのこうした環境づくりに支えられている。こうしたアプローチが、一時的な売上向上のみならず、持続的な価値の創造につながっていく。
2. 顧客との関係は「感情」から「信頼」へ
現代の消費者は、ブランドに対して感情的な愛着よりも、実用的な信頼を求めている。私はこれを「信頼される差別化(Trust Differentiation)」と呼んでいる。顧客と企業の関係における信頼構築の重要性は、今後も増していくだろう。
3.グローバル組織の成功の鍵は「共通言語」
企業がグローバルで成功する鍵は、組織全体で共有できる「共通言語」の確立にある。これは単なる英語力の問題ではなく、行動につなげることが可能なチームの共通言語の必要性を示している。複雑な目標や価値観を、誰もが理解し実践できる形で表現することが、グローバル組織には不可欠になっていくだろう。