「良いものをつくるメーカー」から「信頼される強いブランド」へ
新著『ブランド・シフト ―「信頼」で選ばれる時代の成長戦略』より抜粋 Vol.1
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を拓くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
このたび、I&CO創業パートナーのレイ・イナモトが、書籍『ブランド・シフト ― 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略』を刊行いたします。発刊に先駆け、今回から全3回にわたり、本書の内容を抜粋してご紹介します。
第1回は、本書の出発点となる問い「なぜ今、ブランドについて語るのか」。良いものをつくっているにもかかわらず世界で存在感を発揮しきれていない日本企業の現状と、ブランドを経営の中心課題として据えるべき理由に迫ります。
この記事は、5月に発刊予定の書籍『ブランド・シフト ―「信頼」で選ばれる時代の成長戦略』から一部を抜粋し、編集したものです。

日本の経営者からよく聞く悩み
「ウチはモノづくりの会社ですから」
こんな言葉を、日本企業の経営層の方だけでなく、現場の方々からもよく耳にする。そこには自社の強みを誇る気持ちと同時に、モノづくりだけでは十分に差別化できないのではないかという不安が見てとれる。言い換えれば、かつて日本経済を支えていた強みが、いまや足枷となりつつあるのではないかという危機感がにじんでいるのである。
またある時、大手企業のマーケティング担当役員の方がこんな嘆きを漏らしていた。
「巨額の費用をかけてアメリカの人気スポーツチームのスポンサーになっているんですが、ブランド認知がなかなか上がらないんですよね」
この企業が支援しているのは、アメリカで圧倒的な人気を誇るスポーツのチームで、ユニフォームに自社ロゴを掲示する権利を購入し、露出を増やそうとしているという話だった。露出が確実に保証されるのであれば、確かに悪い投資ではない。その考え方自体は理解できる。
さて、日本語で「ブランド」と言うと、少し前までは高級品や一流品を指す「ブランド物」を思い浮かべる人が多かっただろう。だが近年、日本企業の経営層からも「ブランド」という言葉を耳にする機会が増えてきた。特に海外で事業を展開している経営者や、日本のメーカーの駐在員としてアメリカにいる方々は、この「ブランド」という課題の重みを肌で感じているようだ。加えて、BtoC(消費者向け)だけでなく、BtoB(企業向け)領域の方々の口からも、「ブランド」という言葉を聞くようになった。
一方で、こんな声もある。「売上が伸び悩んでいるので、もっと広告を打ってブランディングを強化しようと思っているんです」。この発言には、日本企業における「ブランド」や「ブランディング」への理解の浅さが表れている。「広告=ブランディング」ではないし、「露出=ブランディング」でもない。もちろん、「売上向上施策=ブランディング」でもない。公平に言うと、このブランドという概念、掴みどころがなく実に厄介なテーマだ。正しく理解されていないのも無理はない。
「ウチはモノづくりの会社です」
この言葉は、1960年代に日本企業が世界へ進出し始めた頃、「安くて質が良い日本製」という評判を支えてきた力の象徴だった。しかし2000年代以降、中国や韓国の企業が同等品質の製品を、より安価かつ大量に供給するようになると、多くの日本企業は苦戦を強いられることになった。
だが僕は、まさにこの「モノづくり」の精神こそが、これからの時代にブランドを構築するための大切な武器になると考えている。
「モノづくり」の先にあるもの
「Function(機能)よりもEmotion(感情)を」
海外、特にアメリカのマーケティング業界ではずいぶん前から言われてきたことだ。「人は機能を買うのではなく、意味を買う」という考え方も、すでに広く知られている。このような従来の概念に沿って、僕がマーケティングやブランド構築の本を書いたとしても、新しい示唆を提供することは難しいだろう。実際、その手の書籍はすでに世の中にたくさんある。
では、なぜ今改めてブランドについて書くのか。それは、ブランドのあり方が、大きな転換期を迎えているからだ。
近年、日本でもマーケティングやブランド構築の重要性がようやく認識され始め、この10年ほどで「CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)」という役職を置く企業も増えてきた。このポジション自体は海外では古くから存在するものの、実は在任期間が短い傾向にある。転職が一般的なアメリカでは、CMOの平均在任期間はわずか数年ともいわれている。
どの業界にもいえることだが、仕事内容だけでなく、その方法や法則、そして定義そのものが時代とともに変化していく。マーケティングも例外ではない。そもそも僕が広告代理店に就職しなかったのは、従来の広告やマーケティングのやり方に疑問を抱いていたからだ。インターネットの普及により、人々の9割以上がモバイルを通じて瞬時にあらゆる情報へアクセスできるようになった今、受け手側の環境が大きく変わっただけでなく、発信する側の環境も一変した。かつては専門家の領域だった映像制作でさえ、いまでは誰でも簡単に行えるようになった。
こうした環境の変化に伴い、人々が企業や組織に抱く価値観も大きく揺らいでいる。テクノロジーも社会も、これからさらに加速度的に進化していくだろう。そんな中で、企業や経営者は「ブランド」との向き合い方そのものを変える必要があると僕は考えている。これまでのブランド構築は、「何をどう伝えるか」「どうすれば売れるか」といったマーケティング的思考に基づき、機能を超えた「意味」や「価値」を売ることに重点が置かれてきた。その考え方が不要になったわけではない。
しかし、これからは、「信頼」で選ばれる時代になる。
意味よりも、信頼。ブランドの本質が、静かに、しかし確実にシフトしている。「意味を買う時代」から「信頼で選ばれる時代」へのシフトに対応するには、ブランド構築のアプローチそのものを変える必要がある。
AIの時代に突入した今、虚構が現実よりも本物らしく見えてしまうことも少なくない。そんな時代において、「意味」や「価値」、すなわちストーリーだけでつくるブランドはもはや通用しない。
本書が考えるブランドとは、選ばれ続けるための理由――すなわち、「信頼による差別化」である。
ブランドは、経営課題そのものである
2007 年、僕は初めて「カンヌ・ライオンズ国際広告祭」に参加する機会を得た。当時はその名の通り、まだ広告の匂いが濃いイベントだった。テレビCM、新聞・雑誌広告、屋外広告などを中心に、いわゆるクリエイティブ部門の人たちが作った作品を、同じくクリエイティブの人たちが評価する、ある意味で閉じた世界だったと言える。言葉を選ばずに言えば、1980 年代からこの頃までは、クリエイティブ業界の人々がもてはやされ、もっとも脚光を浴びていた時代だった。
しかし、時代の変化は確実に進んでいた。2011 年、この祭典は名称から「広告」という言葉を外し、正式に「カンヌ・ライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」へと改称した。そして皮肉なことに、主役の座は広告代理店からビッグテック企業へと移り、2018~2019 年頃にはCMO (チーフ・マーケティング・オフィサー)がスターのように扱われるイベントへと姿を変えていった。
そして2025 年、再び僕が現地を訪れたとき、その場にまた新しい変化の兆しを感じた。それはCEO、つまり経営者たちの姿を以前よりも多く見かけるようになったことだ。かつてマーケティングやブランド構築といったテーマは、マーケティング部門や広報部門の領域にとどまり、経営者がこうしたイベントに自ら足を運ぶことはほとんどなかった。
ところが今、ブランドは明確に経営課題のひとつとして捉えられ始めている。言い換えれば、世界の経営者たちが「ブランドの力を無視できない」と感じ始めているのだ。そしてその変化は、ようやく日本にも訪れつつある。これまであまり耳にしなかった「ブランド」という言葉を、ここ1~2 年で日本の経営者の口から直接聞く機会が増えてきた。
ある日、帰国中にホテルの部屋でテレビをつけると、日本銀行の総裁(当時)・黒田東彦氏のインタビューが流れていた。その中で氏はこう語っていた。「世界における日本企業の存在感が薄れている」。海外で長年ブランド戦略の仕事に携わってきた自分にとって、胸が痛む言葉だった。だが同時に、まさにこれこそが日本企業がこれから直面する最も重要な課題の一つだと強く感じた。
モノづくり大国・日本は、これまで無数の優れた製品を世界に送り出してきた。しかし「世界での存在感が薄れている」と言われる背景には、少数の例外を除き、多くの企業が「良いものをつくるメーカー」にとどまり、「愛される強いブランド」へと成長しきれていない現実がある。だが裏を返せば、これは日本企業にとって大きなチャンスでもある。なぜならブランドのあり方が明確な経営課題となっている今、日本企業にはその伸びしろが大きく残されているからだ。
「商品は良いのに売れない、伝わらない」
「広告施策や世界観づくりに限界を感じている」
これらの課題は経営者だけでなく、マーケティングや広報の責任者・担当者、さらには製品開発や販売に携わる人々にも共通するだろう。本書は、まさにこうした課題に向き合う方々に届けたい一冊である。
次回も引き続き、本書の内容を抜粋してご紹介していきます。書籍『ブランド・シフト ― 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略』の予約・販売情報については、発刊が近づきましたら改めてご案内いたします。




