個人ブランドから組織ブランドへ
HUMAN MADEが挑んだ、変革の裏側と未来戦略
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を開くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は前回に続き、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトと、HUMAN MADE(ヒューマンメイド)CEOの松沼 礼さんの対談をお届けします。「個人の世界観」から「組織の意思」へと変化する中で、何を整え、何を守り、何を変えてきたのか。HUMAN MADEの舞台裏に迫ります。ぜひご一読ください。
この記事は、レイ・イナモトのPodcast番組「世界のクリエイティブ思考 #115(後編)」の内容をベースに編集したものです。

サプライチェーンの整備から始まったブランド変革
レイ:この番組のテーマのひとつとして、「日本発のブランドや企業が、海外でいかに成功していけるか」という問いがあります。ただ、それって口で言うのは簡単ですが、実現するのはなかなか難しいですよね。
そのなかで、松沼さんがHUMAN MADEに参画されてからのこの3年間で、売上が何倍にも伸びたと伺っています。いったい何が成長の原動力になったのか。可能な範囲で(笑)、ぜひ教えていただけますか?
松沼:僕が入社したとき、すでにファンの熱量は高く、商品を出せば売れる状態でした。ただ、サプライチェーンや販売計画といった仕組みは整っておらず、非常に大きな可能性と同時に課題も感じました。前職のユニクロで学んだサプライチェーンマネジメントの視点から見て、まず取り組んだのは組織の土台作りでした。必要な役割を可視化し、人材を配置し、業務プロセスを定義しました。とても地味な作業ではありましたが、ブランドを成長させるうえで不可欠な一歩だったと思います。
レイ:マーケティングで一気に認知を広げるのではなく、語弊を恐れずに言えば"つまらないこと"に向き合う。その姿勢が、むしろクリエイティブだと感じます。最初の1年で一番大変だったことはなんですか?
松沼:やはり価値観の共有ですね。急速に採用が進む中で、ユニクロや大手小売のように文化が浸透しているわけではなかったので、1+1が2ではなく、5や10になるようにするために、まず価値観を揃える必要がありました。そのために社名も「HUMAN MADE株式会社」に変更し、ミッションとバリューを定義し直しました。
52週戦略が生み出すブランド価値
レイ:毎週商品をリリースする、52週マーチャンダイジングの仕組みも、非常に興味深いですね。
松沼:はい。木曜日に情報を発信し、土曜日に商品を発売する流れを作りました。これにより、お客様の中に「毎週土曜に何かある」という期待感が生まれ、ブランドとの接点が自然と増えていきます。マーチャンダイジングの精度を高めることで、販売計画と商品企画、生産、物流、販売の流れが一体となり、安定的な運営が可能になりました。

レイ:服の構成はシーズンごとに? それとも毎週完結型の企画なんですか?
松沼:基本は春夏・秋冬のシーズンに分かれていますが、コレクションブランドのようにテーマを掲げてショーを行うスタイルではありません。むしろ「The Future is in The Past(未来は過去にある)」という思想のもと、ジーンズ、ミリタリー、アメカジなどの歴史ある洋服文化を現代的に再解釈しています。毎週のリリースも、そうした過去と未来の対話の中から生まれるアイデアが中心です。
レイ:週に10~15点の商品を出す。その繰り返しが年間500点以上という規模感になるんですね。情報発信もルーチン化していることで、商品そのものがメディアのように機能している印象です。
松沼:おっしゃる通りです。商品は単なるモノではなく、文脈と体験を含んだ情報です。購買体験を一連のストーリーとして設計することで、リピート率やファンのエンゲージメントも高まります。
エモーショナルな体験を細部までデザインする
松沼:私たちは、商品をお届けするところまでを含めて体験としてデザインしています。たとえば、毎日発売している「デイリーTシャツ」にはその日の日付が入っていて、購入するお客様にとって、その一枚がある特定の日の記憶として残るような仕掛けになっています。Instagramのストーリーで紹介したその日に購入できるようになっており、数日後に自宅に届いたとき、「あの日のTシャツが届いた」という感覚がちゃんと残るようにしています。

レイ:箱を開けた瞬間のワクワク感や、ノベルティの演出も含めて、購買体験そのものがブランドの世界観に直結していますよね。
松沼:まさにそこが重要だと考えています。梱包材一つをとっても、何十パターンもサンプルを試作して、「どんな開け方をすればワクワクするか」「どこで驚きがあると嬉しいか」といった感情の流れを綿密にシミュレーションしました。また、何度も購入してくださるお客様に体験のマンネリを感じさせないように、ノベルティは都度変えています。非売品の小物や、ちょっとした驚きのあるアイテムを忍ばせることで、「次は何が届くのだろう?」という期待感を継続的に生み出せるようにしています。
レイ:Apple製品のように、箱を開けた瞬間からブランドの物語が始まる感覚ですね。
松沼:おっしゃる通りです。Appleの「Designed by Apple in California」のように、開封そのものがブランド体験のスタートになる。私たちも、商品だけではなく、それを届ける過程すべてがブランドの表現だと考えています。だからこそ、出荷フロー、梱包、ノベルティに至るまで、すべてに目を配りながら、HUMAN MADEらしい「人間味のある体験」を届けたいと思っています。
成長と「らしさ」の両立、そして未来へ
レイ:海外展開も着実に進んでいますね。2024年には韓国・ソウルで初の常設店舗もオープンされました。
松沼:はい。現地のパートナー企業と連携し、東京・外苑前にあるオフラインストアと同様に、HUMAN MADEとブルーボトルコーヒーの2つの要素を組み合わせた複合型の空間を展開しました。ファッションとカフェという、異なる体験をひとつの空間で融合させることで、HUMAN MADEの世界観を五感で味わっていただけるようにしています。これまでオンラインでしか触れられなかった海外のお客様にとって、ブランドを手に取れる場所をつくることは非常に重要なステップでした。

レイ:そうしたリアルな体験の提供は、グローバル戦略においても大きな意味を持ちますね。ただ、ブランドが拡大していくと、「らしさ」を保つ難しさも出てくると思います。シュプリームのように、ある時点でマス化しすぎたことでブランドの価値が揺らぐケースもありますよね。その点については、どうお考えですか?
松沼:とても大切な視点だと思います。僕たちも、規模の拡大とブランドの格をどう両立させるかは常に意識しています。ブランドは成長し続けなければいけない。でも、成長がセルアウトに見えてしまったら、元も子もない。HUMAN MADEが「このジャンルならここ」という、いわば型を持つ存在になることが理想です。ラルフローレンのように、ある種の生活様式や価値観を代表するようなブランドに育てていきたいと思っています。
レイ:なるほど。あえてコラボレーションを多用しないのも、その方針の一部なんですね。
松沼:そうなんです。確かに、コラボレーションをすれば話題にはなりますし、短期的な売上も見込めます。ただ、それによってHUMAN MADEの色が薄れてしまうリスクもあります。むしろ、ブランドとしての独自性を高めていくには、自分たちの声で、自分たちの価値観を一貫して伝えていくことのほうが大切です。NIGOさんの名前でHUMAN MADEを知ってくれる人もまだ多いですが、最近はNIGOさんを知らなくてもHUMAN MADEを好きになってくれるお客様が増えてきている。それは、ブランドとして自立してきている証だと受け止めています。
レイ:ブランドが個人の知名度を超えていくというのは、組織として成熟し始めている証拠ですね。では、今後さらに海外展開を広げていくうえで、どんな未来を描かれているのでしょうか?
松沼:これからは、HUMAN MADEがプラットフォームとして機能していくことが重要だと考えています。NIGOさんをはじめ、Pharrellさん、KAWSさん、VERDYさんなど、私たちには素晴らしいクリエイターとの関係がありますが、彼らのやりたいことを実現できる基盤として、HUMAN MADEが存在する。単に商品を届けるだけではなく、文化を届ける存在になること。それが、私たちが次に目指すステージです。
対談を振り返って:
HUMAN MADEから学ぶ三つの視点(レイ・イナモト)
HUMAN MADEの成長戦略には、派手な演出や一時的な話題性ではなく、持続性と独自性を両立させるための確かな設計があった。以下の三つの視点は、グローバルに通用するブランドを目指すうえで、多くの組織が学べるヒントに満ちている。
1. つまらないことこそ、実は一番大事
経営やブランディングの現場では、目立つことや新しいことに目が向きがちだ。だが、HUMAN MADEが最初に着手したのは、きわめて地道な改革だった。販売計画の整備、サプライチェーンの再構築、MDとの連携強化。いずれも外からは見えにくく、「つまらない」と片づけられがちな領域だ。けれどそこにこそ、成長の原点がある。毎週木曜に情報を出し、土曜に商品をドロップする52週サイクルを設計し、顧客に習慣として根付かせた。華やかさより、仕組み。インパクトより、整合性。見えない部分の完成度が、見える成果を支える。この逆説が、ブランドにおける最大の競争力となっていた。
2. 経営は矛盾との戦いである
スケールすれば、丁寧さが失われる。効率を追えば、体験は薄まる。多くの企業が抱えるこのジレンマに対して、HUMAN MADEは真正面から取り組んでいる。その根底には、松沼さんがユニクロ在籍時に柳井 正氏から学んだ「経営とは矛盾との戦いである」という教えがある。たとえば、商品を包む箱や同梱ノベルティ、Tシャツに日付を刻む仕掛けなど、すべては顧客の感情に訴えかけるための設計である。一見すると非効率だが、それがあるからこそ記憶に残る。最適化と個性、量産と温度。二律背反のように見えるものを、共存させる工夫にこそブランドの価値が宿る。HUMAN MADEはそのバランスをとることで、「らしさ」と「広がり」を同時に成立させていた。
3. 組織内の価値観の統一が鍵
ブランドの本質は、見せ方ではなくあり方にある。HUMAN MADEは、NIGOというカリスマの世界観を起点にしつつも、そこに依存しすぎず、組織としての自立に踏み出した。松沼さんが最初に行ったのは、ミッションとバリューの再定義。そして、社名そのものをHUMAN MADE株式会社へと変更した。これは単なる看板の刷新ではなく、組織としての意思の明文化である。「なぜこのブランドをやるのか」「誰のために存在するのか」。それを全社員が言葉にできる状態をつくることで、HUMAN MADEは「個のブランド」から「共有されるブランド」へと進化した。外に見せる前に、まず中に浸透させる。この順序こそが、持続可能なブランドづくりの本質だと感じた。


