「死の水」は、なぜ14億ドルブランドになったのか?
Liquid Deathが証明した「常識破り」のマーケティング設計論
こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、日本の社会・企業・人のより良い未来への展望を拓くヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回は、ニューヨークに拠点を置くレイ・イナモトと、SNSで一躍人気ブランドとなった水のスタートアップ「Liquid Death」のクリエイティブ統括、アンディ・ピアソン氏の対談をお届けします。ここ5年で14億ドル企業へと大成長を遂げた背景にある、「Liquid Death」の常識にとらわれない商品の売り方とは?ぜひご一読ください。
この記事は、レイ・イナモトのPodcast番組「世界のクリエイティブ思考 」#116(前編)と #117(後編)の内容をベースに編集したものです。

ブランドにキャラクターを与える
レイ:Liquid Deathは、その名称からして通常の水ブランドとは一線を画しています。「死の水」という名前でありながら、その中身はスイスアルプスの天然水という、ギャップが大きいプロダクトです。アンディさんは3年前に入社されたとのことですが、この3年間でLiquid Deathはどのように変わったのでしょうか?
アンディ:私が入社した段階で、Liquid Deathはすでに創業者マイク・セサリオのビジョンが明確に確立されていました。一方で、当時はオンライン販売のみということもあり、認知度は高くありませんでした。それが現在では、全米のスーパーマーケットやガソリンスタンドで広く販売されるまでに成長しています。
レイ:確かに、認知度はここ数年で一気に高まりましたよね。
アンディ:はい、一気にガラッと変わりました。面白いことに、これまでは「水は透明なペットボトルに入っているからこそ、ピュアで美味しく感じるんだ」と、誰もが信じて疑わなかったんです。だから、以前は「アルミ缶に入った水なんて誰が飲むんだ」とはっきり言われたこともありました。それがこの一年半ぐらいで大きく変わり、誰に話してもみんな「ああ、あの缶入りの水ね」と、まるで当たり前のことのように反応してくれるようになりました。
レイ:すごい変化ですね。マーケティングの戦略は、どのように考えているのですか?
アンディ:私たちはLiquid Deathを単なるブランドではなく、「人間」として捉えています。人格を持ったキャラクターとして扱うんです。そうすることで「この人ならこう言うだろう」「こんな広告はやらないだろう」と、自然に判断できる。いわばキャラクターを動かす脚本家のような感覚です。
レイ:従来のマーケティング手法とは一線を画したアプローチですね。
アンディ:そうですね。ブランドを人間として捉えることにより、チームメンバーは自身の主観を排除することができます。例えばSNSへの投稿を検討する際も、「自分であればこのようにコメントするが、Liquid Deathというキャラクターはこのような表現はしなだろう」といった客観的な判断を迅速に行うことができます。そして、このキャラクターの一貫性を保つため、マーケティング関連の制作業務はすべて社内で完結させています。Liquid Deathの人格を深く理解している人材のみが関わることで、妥協のない品質を実現できると考えているからです。
ダークユーモアが生み出す強烈な記憶と共感の仕組み
レイ:Liquid Deathの発信は非常に尖った印象を受けますが、「万人受け」を意図的に避けているのでしょうか。
アンディ:実はその逆なんです。マーケティング業界では一般的に、リスクを回避するという意味での「万人受け」が重要視されてきました。しかし私たちは、多くの人々が尖ったユーモアを受け入れる姿を何度も目撃してきました。実際、人々はコメディアンの毒舌や辛口司会者のユーモアを非常に好みます。こうした笑いのセンスに嫌悪感を抱くのはごく一部の人で、大多数はダークなユーモアでも笑って受け入れます。それにも関わらず、広告キャンペーンの際のみ角の取れた丸い表現をすることには、意味がないと考えています。
レイ:スーパーボウルで放映された、子どもたちがLiquid Deathを飲んで踊る映像も話題になっていましたよね。
アンディ:この企画でも、最初から賛否を呼ぶことを狙っていました。Liquid Deathはビールのようなデザインの缶に水を入れて販売しているため、あえて子どもたちがアルコールを飲んで酔っ払っているように見せる演出を行い、実際には水であるというギャップでダークなユーモアを表現したのです。
結果として、この映像は大きな話題を呼びました。半数の人々が好意的に受け止め、そうでなかった人々にとっても強い印象を残しました。つまり、何億円もかけて誰の印象にも残らない映像を半年間流し続けるよりも、はるかに効果的だったのです。
レイ:その割り切りがユニークだと思います。
アンディ:私たちは、自分たち自身が「本気で笑えるかどうか」を一番大切にしています。なぜなら、笑い合うというのは強烈な感情体験だと考えているからです。ユーモアって、人と人のコミュニケーションの中でしか生まれませんよね。2人の人間が同じものを見たり聞いたりして、それについてお互い意見を言い合うからこそ、ユーモアが生まれて笑いを分かち合うことができると思うんです。
押し付ける宣伝から、見たくなるエンターテインメントへの転換
レイ:スーパーボウルCMの話をしましたが、実はこれは稀な例で、マス広告はほとんど使用しないと伺っています。どのように戦略を立てているのですか?
アンディ:従来のマーケティングでは、視聴者の作業を突然中断させて、有無を言わさず映像を見せ、商品の購入を迫るというやり方が当たり前でした。もしこれが広告ではなく日常の出来事だったらどう感じるでしょうか。いきなり現れた誰かに作業を妨害され、自分には関心のないことを一方的に押し付けられたら、決して良い印象は持てませんよね。
だからこそ私たちは、テレビCMなどのメディアを活用した従来型のキャンペーンはほとんど行わず、人々が自発的にフォローしたり共有したくなるようなコンテンツを作ることを大事にしています。クリエイティブ部門の責任者として、お客様が私たちのコンテンツに費やす時間の価値は、Liquid Deathに払うお金の価値と同じだと考えているからです。
レイ:最近では、アウトドアブランドYETIと組んで「棺桶クーラー」を出しましたよね。リスク回避を優先する一般的な企業では、ちょっと考えられない発想です。

アンディ:この企画は確かに極端でした。しかし、従来のように広告宣伝費に大金を投じる代わりに、私たちは「棺桶クーラー」をつくり、それが6万8千ドル(約1000万円)で落札され、その過程で数百万人が話題にしてくれました。小さなアイデアでも、人々の関心を集め、何千人もの参加を促すことができる。そして最終的には、6万8千ドルを支払ってでも手に入れたいと思うほど熱狂的なファンを生み出すことにつながる。これこそが私たちにとっての「マーケティング」です。
極端に振り切る生き方が生む創造力とレジリエンス
レイ:少し個人的なことを伺いますが、アンディさんのその挑戦的な姿勢はどのように培われたのでしょうか。
アンディ:10年ほど前、妻と2人で世界を旅したことが大きな転機になりました。当時はお互いフリーランスだったので、旅をしながら仕事を続けることができたんです。子どもが生まれたらできないことをしようと、必要なものをリュックに詰め、片道切符だけを手に出発しました。最初に訪れたニュージーランドから、カンボジア、ベトナム、タイ、マレーシアと東南アジアをめぐり、その後ヨーロッパへ。世界を旅しながら働いた経験はかけがえのないもので、多様な視点を得て、これまで考えもしなかった発想ができるようになったのです。
レイ:ウルトラマラソンにも挑戦されているとお聞きしました。
アンディ:はい。ウルトラマラソンをやることで、困難な環境に直面してもむしろその先に自分の成長があると思えるようになりました。自分の内面に向き合って強い精神力を持たないと、ウルトラマラソンで300キロ以上の距離を走ることはできません。実際、レースでは3日半かけて走り抜きますが、睡眠はせいぜい1時間ほど。この過酷なレースに備えて、毎日早朝から練習しています。その積み重ねによって、動じない精神力が自然と培われました。だから、落ち込むことはほとんどありません。
レイ:仕事においても、その極限まで振り切る姿勢が現れているように思います。
アンディ:その通りです。「真面目にふざける」が僕のスタイルです。

対談を振り返って:
Liquid Deathから学ぶ三つの視点(レイ・イナモト)
Liquid Deathのマーケティングは、従来の常識や業界の定石をあえて覆すものである。しかし、そこには一貫した思想と緻密なクリエイティブの設計があった。単なる驚きにとどまらず、人々の記憶に残るブランド体験をどう生み出すのか。その背景にある思考は、あらゆる企業にとって参考になるヒントに満ちている。以下の三つの視点は、その具体的な手がかりである。
1. ブランドを「人格」と捉える
Liquid Deathのクリエイティブチームがまず行ったのは、ブランドを「人」として捉えることだ。ただのマーケティング戦略やデザインルールではなく、「この人ならこう言う」「こんな行動はしない」という判断基準が、日々の意思決定を支えている。この設計の最大の効果は、チーム全体が一貫した判断を下せること、そして個々の主観に左右されない共通言語が生まれることである。「この人ならどうするか?」という視点は、制作現場だけでなく経営判断にも応用できる強力なフレームとなる。広告をつくるのではなく、ブランドという人格に語らせること。これは、一貫性あるブランドを築きたいすべての企業にとって極めて有効な考え方である。
2. 宣伝より、笑いを生むエンターテインメントを
Liquid Deathの活動は、「何を伝えるか」よりも、「どう笑わせるか」にフォーカスしている。マーケティングや広告の現場では、リスクを避け、広く浅く好かれる表現が優先されがちである。しかし、Liquid Deathはむしろその逆を行く。「一部の人が強烈に好きになる表現こそ、最も広がる」という前提に立っているのだ。その一例が、スーパーボウルでの映像である。子どもたちが水をビールのように飲んで踊る演出は賛否を呼んだが、強烈な印象を残し、多くのファンを生み出した。広告を単なる情報ではなく体験として設計し、見る人が「思わず誰かに話したくなる」仕掛けをつくる。そのために欠かせないのが、笑いを設計する力と、内輪ノリにとどまらない共感のセンスである。
3. 極端に振り切るからこそ、熱狂が生まれる
Liquid Deathは「棺桶型のクーラーボックス」や「ドクロが描かれた水の缶」など、普通の企業ならまず実行しない企画を次々と打ち出してきた。狙いは単なる話題づくりではなく、「中途半端こそ最大のリスク」という信念に基づいた、戦略的な“極端さ”である。
その姿勢は、アンディ・ピアソン自身のキャリアにも通じる。世界中を放浪しながら働いた経験、さらには300km超のウルトラマラソンに挑み続ける日々。極端に行動することでしか得られない学びがあり、それが彼の創造性の源になっている。ビジネスにおいても同じである。多くの企業がリスクを避けて平均点を目指す中、Liquid Deathはあえて「やりすぎ」を設計している。その積み重ねが、わずか5年で14億ドル超のブランドへと成長した背景にあるのだ。


